青の秘密を忘れない
「僕が篠宮さんの年齢だったら違ってたのかな。
早く出会うことができないなら、もっと後に出会いたかったです」

青井君はそう軽い口調で言いながら、ハンカチを取り出して私の涙をごしごしと拭いた。
その力強さにも優しさを感じてしまう。

「私が傷付くのなんて当然だから気にしないでよ」
青井君は首を横に振る。
「私も愛だか分からないよ、でも一緒にいて確かめようよ」
青井君は首を横に振る。
「離れたくない……」
青井君は少し躊躇って、首を横に振った。


青井君が無造作にハンカチを戻す時、カバンからボールペンが見えた。

私のあげた青いボールペン。
私たちを繋いでいた青。
大切に持っていてくれた。


「私が結婚してなかったらずっと一緒にいられたのかな」

愚問と分かっていても聞きたかった。

「どうですかね。少なくとも僕がもっと大人だったら、一緒にいられたかも」

私のせいにしない優しさに、私は言い様のない愛しさを感じてしまう。

「私、きっと青井君からもらったもの取っておくと思う。
何も感じなくなるまで、ずっと」

ここに何の秘密もなくなるまで。

そう言いながら、ブルーサファイアに優しく触れた。


「最後にキスしてもいいですか」


青井君は周りの様子を窺ってから、遠慮がちに私の唇を塞いだ。

その仕草が、ずっと前にデートした時の別れ際とシンクロして私の頬をまた涙が伝う。

私は青井君の頭に手を回して感触を忘れないよう強く押し付けると、青井君は私の背中を引っ掻くようにつかんだ。



それは恋でしかなかった。
きっと愛なんて大それたものではなかった。

でも、世の中の恋人たちは『恋』だけで一緒にいることができる。
普通の恋愛だったら許されたそれを、私たちが持ち得なかっただけだ。

私たちは茨の道を歩くことはできなかった。

それでも、誰に愚かだと言われても、私はやはり私を軽蔑はしないだろう。

この先、私はきっと何度も何度も一緒に映る写真を見返して、彼にもらったブルーサファイアのネックレスをつけて、青いキャップを被る。
財布には青い天然石のお守りをつけたままで、いつか『これって何だっけ?』と思うかも知れない。

何の意味も持たなくなるまでそれを繰り返して、心の傷を抉り続ける。
もう触らずとも痕になって残るまで確かめ続ける。

そうすれば、それはもう私の一部だ。


「好きです」

「私も、好きだよ」

私たちはきっとどこまでも青かった。
未熟で、拙くて、真っ直ぐで、青かった。

秘密のままで終わるこの恋を、私は忘れたりしない。
< 57 / 60 >

この作品をシェア

pagetop