エリート御曹司と愛され束縛同居
「課長もご存知とは思いますけど、私、九重株式会社の方とは接点もないのですが……」


なんで私なの? 親会社に異動の希望を出した記憶はないし、そもそも足を踏み入れた経験すらないのに。


「どうやら強力な推薦があったらしいんだ。先方の秘書課室長も君の仕事ぶりをご存知みたいでね、知らない間に視察に来られていたのかもしれないな」


推薦? 視察? まったく身に覚えがないし、意味がわからない。


思わず取り乱しそうになり、慌ててお腹に力を入れてこらえる。

「あの、そのお話、断るという選択は……」

言った瞬間、課長の表情がほんの少し強張ったのがわかった。

ないですよね、と心の中でひとりごちる。

一応会社員なので親会社の要請、しかも元々異動願いも出していて直々に指名までされて、おいそれと断れないとわかっている。

それでもどこか理不尽さとイラ立ちを感じてしまうのは勝手だろうか。

この期に及んで社内異動をしたいと願ってしまう。

「どうだろう。考えてもらえないか? ……岩瀬さんがどうしても嫌だと言うなら先方にお断りをするから」

困ったような表情で言われ、溜め息を吐きそうになる。

わかっている、課長は悪くない。

伝えるように言われただけで、私を総務事務に戻そうと、ずっと働きかけてくれていたと知っている。そんな上司を困らせたいわけではない。

ただ突然の出来事すぎて気持ちの整理がつかないのだ。

「……週明けの月曜日までお時間をいただいてもよろしいですか?」

今はそう答えるだけで精一杯だ。膝の上に置いた手をギュッと握りしめる。

内心の動揺と憤り、落胆を身体中から滲み出さないよう意識しながら。
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