エリート御曹司と愛され束縛同居
「ああ、もちろん。朝から悪かったね。戻ってくれて構わないよ」

快諾してくれた課長に頭を下げて立ち上がる。

共に簡易応接から出て、この話は他言しないようにと最後に念押しをされた後、持ち場に戻った。


なにかあったのか、と心配してくれる後輩に、以前手続きをした引っ越し休暇申請に不備があったから、と無難な言い訳をして業務につく。

後輩は特に疑う素振りもなく、そうですか、と安心した表情を見せてくれた。

少しだけ罪悪感を感じ、取り繕うのがうまくなった自分に少し落胆する。


器用にやり過ごせるのは自分が少しずつ社会人として慣れてきたからだろうか。大人になったからだろうか。

秘書課への異動を率直に断れる自分でいられたら、と無理は承知で思ってしまう。

せめてもの抵抗とばかりに月曜日まで返事を引き延ばしたけれど、状況が変わるとは思っていない。

ただその場で受けたくはなかった。ひとりで冷静にこの事態を整理したかった。


この年齢になると感情のままには話せない。それは色々なしがらみを知っているから。

以前、受付に異動するよう辞令を受けた時はそこまで考えなかった。

仕方ないと思う反面、どうして私が、という気持ちも残っていた。

だから落ち着いたら絶対に戻してくださいよ、と条件のように簡単に口にできたし、約束していただけないと困ります、と強気な発言さえしていた。

今思えばあの頃の私はまだ幼くて恐いもの知らずだったのだろう。

自分の希望や意見は必ず通るものと信じて疑わなかった。今はそこまでの気概がない。

それは私が年齢を重ねて成長したからなのか、諦めを覚えたからなのだろうか。
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