エリート御曹司と愛され束縛同居
「……帰るぞ」

「え、あの、はい」

引っ張られて後ろをついて行くように歩く。

エレベーターの中でも手は離されず、玄関を抜けリビングに入った途端、私に向き直った。

「遅くなるならなぜ言わない? いくら駅から近いとはいえ危ないだろう。そもそもどうして是川には送別会の話をして、俺にはなんの報告もないんだ?」

整えられた眉をひそめて言われ、驚きを隠せない。

手首をつかむ手に若干力がこめられる。

是川さんには世間話の延長で話したようなものだし、そもそもまだ正式に秘書に着任していないので副社長のスケジュールは把握していない。

私の予定も重要だと思われるもの以外は特に伝えていない状況だ。


だから怒ってるの? 送別会の話を直接言わなかったから? でも……この表情はそれだけではなくて……。


「……もしかして、心配してくれたんですか?」

微かな期待を込めて尋ねる。

「恋人を気に掛けるのは当たり前だろ」

口調は素っ気ないのに、恐いくらい真摯な目で見据えられてうまく頭が働かない。

『恋人』、その単語がどこかくすぐったくて気持ちが振り子のように揺れ動く。

本当の恋人ではなく、『恋人役』だとわかっているのに、以前熱を出した時のように心配してもらって嬉しく思ってしまう。

そんな感情を抱くなんておかしい。

敢えて恋人、と言い切るこの人の真意もはかれないというのに。

鼓動が早鐘を刻み、心臓の音がうるさい。

恐ろしいくらい整った容貌を直視できずに俯く。
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