エリート御曹司と愛され束縛同居
「だ、大丈夫です。これまでもなにもなかったんですから」

内心の動揺を隠すように早口で言う。

その瞬間、つかまれていた手首を強く引っ張られ、身体が前に傾くともう片方の手で腰を支えるように受けとめられる。

思わず頭を上げた私の目と妖艶さをたたえた彼の目が合う。

近すぎる距離に瞬時に腰を引こうとするのを遮られ、手首を解放したもう片方の指が私の髪をそっとひと房つかむ。

肌に吐息を微かに感じ、壊れそうな心臓の音がこの人に聞こえてしまうのが恐くて動けない。

今ではすっかり慣れてしまった彼の香りに心を乱される。

頬が火照って、副社長の行動の理由がわからずに戸惑う。


「……この間、教えたと思うけど足りなかった?」


耳に響く低音には仄かな色香が漂い、目が逸らせなくなる。

脳裏にソファで押し倒された記憶が蘇る。髪にそっと口づけられ、胸が高鳴って鼓動が身体中に響く。


どうしてこんな気持ちになるの? なぜ髪にキスをするの? 


質問はたくさんあるのに唇が震えて思うように動かない。


「大事な恋人を守りたい気持ちがわからない?」


思いもよらない甘い台詞と声に目を見開く。

そんな言い方はおかしい。

私はただの居候で本物の恋人じゃないのだから心配する必要なんてないのに。

「……本物の恋人じゃないのに、どうしてそんな言い方をするの?」

恐る恐る返事をする。

ゴクリと喉がなって、あまりの緊張に丁寧な物言いができない。

「一緒に暮らしている相手を気に掛けたらおかしいか?」

副社長が形の良い唇の端を持ち上げる。まるで試されている気分だ。
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