初夜から始まる夫婦事情~一途な次期社長の溺愛は鎮まらない~
「池田さんのこと?」

声を潜めて問うと、小林さんも囁き声になる。

「はい、知ってましたか?」

「聞いてはいなかったけど、本人の態度でそんな気はしてた」

人事異動通知の退職者の欄に名前が出ている池田風花(いけだふうか)さんは私の三才年上の先輩で、各部署から依頼のある資材の発注業務を担当している。

個人的に親しいわけではないし、担当業務も被っていないのであまり話す機会は無い。

でも、ひと月前に偶然彼女が引継書を作っているところを目撃し、もしかして退職するのではと疑っていた。

「そうなんですか? 私は全然気付かなかったな。池田さんの仕事は誰が引き継ぐんですか? 後任の人は来ないみたいですけど」

小林さんは画面をちらりと見る。

「多分、今いるメンバーで仕事を分けるようになるんじゃないかな」

総務部や財務部のような管理部門は、業務を工夫してなるべく人数を減らしたいのが会社の方針。今年は新入社員も入ったしこのまま人員削減になりそうだ。

「ええ?……そうなんですか」

小林さんはあからさまに憂鬱そうな顔をして溜息を吐いた。

自分に仕事が回って来たら嫌だと顔に書いて有る。
彼女は人事の仕事をしたいと言っていたから、資材発注は興味が無いんだろうけど……。

でも、新入社員でまだ正式に担当業務が定まっていない小林さんに仕事が回る可能性は結構高い。

きっと機嫌が悪くなるだろうなと思っていると、彼女は人事異動通知の池田さんからふたつ下の欄を指で示した。

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