初夜から始まる夫婦事情~一途な次期社長の溺愛は鎮まらない~
日中は黙々と仕事をした。いつもは余裕な態度の小林さんもさすがに今日は険しい表情。画面を見ては溜息を吐いている。
何度目かの溜息が聞こえて来たので、声をかけた。
「小林さん、大丈夫?」
すると彼女は画面に向けていた視線を上げ、口を尖らせた。
「大丈夫じゃないです。資材管理のまとめが上手くいかなくて」
「資材管理……池田さんから引き継いだのよね?」
心の中で「また?」と呟きながら席を立ち、彼女のデスク上のパソコンを覗く。
「これなんですよ。空白なんて酷いと思いませんか? ありえない」
小林さんの愚痴を聞きながら画面に表示されたリストを確認する。確かに必要な部分に数値が入力されておらず、表として完成されていない。
私は思わず眉を顰めた。
これはちょっと無責任すぎるような。小林さんが怒るのも無理はない。
でも……池田さんってそんな適当な人では無かった気がする。
無口で陰は薄かったけど勤務態度は良かったし、真田課長の信頼も厚かったように見えた。
だけど、と退職間際の様子を思い出した。
そもそも部署内での退職の通知が遅かった。引継ぎを言われたのも唐突だったし、丁寧とも思えなかった。
退職事態は一月前には決まっていたはずなのに、段取りが悪かった。
それでも真田課長が注意する様子は無かったから、上が認めたことなんだろう。
私たちには言えないような特別な事情が有ったのかな?
気にはなったけれど、いくら考えても答えは出ないし気持ちを切り替えることにした。
「小林さん、これは一から作り直した方がいいと思うよ」
「ええっ? 一からですか?」
「手間はかかるけど、結果的に早く終わるんじゃないかな」
彼女は不満そうにしながらも私の提案に納得したのか、新しいファイルを開き作成を始める。
「私、データ作成者に“池田風花”って書いてあると警戒しちゃうようになりました」
「ミスの多い人では無かったんだけどね」
苦笑いしながら返事をし、自分の仕事に戻る。
小林さんが猛烈な勢いでキーボードを叩くのを横目で見ながら、自分の仕事の続きをした。