クールな次期社長の溺愛は、新妻限定です
『どうして今まで私に話してくれなかったの?』

 亮だって思うところがあったのかもしれない。でも、目の前で起きている現実が、本当のことを話してもらえなかったのが苦しかった。

『汐里に俺の家のことも抱えている事情も、なにもわからないだろ!』

 責める言い方に返ってきた言葉で、もう駄目だと思った。だって事実だから。亮が悪いわけじゃない。彼とは住む世界も、歩んできた道も違いすぎる。それは、これからもだ。

 今までずっと亮が私に合わせていてくれたから一緒にいられた。その結論に達して私は逃げるように彼の前から去った。最悪で後を引くには十分すぎる別れ方だった。

 思い出して胸が痛みだす。けれどあれから五年近くが経とうとしていて、私も少しは大人になった。

「完成、楽しみにしてるね。水族館好きとして一度は行ってみるから」

 先ほどとは違う笑顔を向けて、カップを置く。そしておもむろに席を立った。

「ご馳走さま。昨日からお世話になりっぱなしでごめんね。朝食代、いくらかな?」

「気にしなくていい」

 (かたわ)らにある鞄を持って財布を取り出そうとしたものの亮に一蹴される。私は戸惑いつつ時計を確認した。時間は午前九時を回っている。いい時間だ。

「朝だし、送ってくれなくても大丈夫だから。色々とありがとう」

「汐里」

 さっさと踵を返そうとすると、突然手を取られ私は振り向かざるをえなかった。
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