クールな次期社長の溺愛は、新妻限定です
 そこで記憶が昔に遡る。彼と別れるきっかけになった苦い思い出だ。

 亮は結局、あのとき婚約者と名乗った彼女とは結婚をしなかったんだよね? その後、そういった話はなかったの? 今は?

『汐里の知りたいことには、なんでも答えるし、嘘もつかない』

 悶々とする頭に、ふっと亮に言われた台詞が響く。

 そうだ、思っているだけじゃなにも変わらない。知りたいなら聞かないと。

 私は意を決して、運転する亮を見る。

「亮」

 声をかけたのと同時に、彼のスマートフォンが鳴った。亮は素早くブルートゥースの無線操作で電話に出る。

「はい、冴木です。……お世話になっています。循環器のトラブルですか?……はい、それで?」

 いつもより声色も低く仕事仕様なのが伝わってきて勝手にどぎまぎする。面持ちからしていい話ではなさそうだし、不謹慎だ。

 話している内容は私にはまったく理解できそうもないし、逆に聞いても申し訳ない気がして、私はわざと窓の外を見た。

 しばらくして、亮は運転中なのもあり『あとで連絡をする』と断りを入れて電話を切った。

「悪い」

 短く謝罪され、私は逆に罪悪感に似た気持ちを抱く。
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