クールな次期社長の溺愛は、新妻限定です
「……あの、忙しそうだけど大丈夫?」

「心配しなくていい。今週の土曜日に例のホテルのレストランのプレオープンが迫っているんだ。その件で少し込み合っているだけだ」

 ため息をついた亮に、私から誘ってデートだと浮かれていた気持ちが(しぼ)んでいく。亮が忙しいのは知っていたのに。

 心と共に沈みそうになる頭に、手のひらの感触があった。隣を見れば、亮が困惑気味に微笑んでいる。

「本当に汐里が気にする必要はなにもないから。今日も俺が会いたかったんだ」

 そこで信号が変わり、亮は再び前を向いてアクセルを踏んだ。単純なもので、彼の一言で胸に立ち込めていた暗雲がさっと晴れていく。

「……無理はしないでね」

 そこは素直に『嬉しい』とか『ありがとう』と言うべきだった。心配で先に出た言葉に、可愛くないなと思っていると亮から返事がある。

「しない。ただ、土曜日のプレオープンまではバタバタして会うのも連絡を取るのも難しいかもしれない」

「いいよ。そっちを優先して。亮の晴れ舞台なんでしょ?」

 彼が『グローサーケーニヒ』のレストランの事業に力を入れているのは、再会したときに聞いた。初めて任された大きな仕事だって。

 私にできるのは、彼の仕事の邪魔にならないように、ひっそりと見守って、成功を祈るだけだ。

 言い聞かせて、ちくりと胸に刺さる棘には気づかないふりをした。
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