PTSDユートピア
「……⁉」

永遠の様に感じられる、人生初めての数秒間。

冬峰さんは唇を離すと、閉じた睫毛に積もった雪が見えるほどの距離で告げた。

「雨宮君が、お友達のことをどれほど想っていたのかは分からない。私と同じ様に、どんな事情があっても許されてはいけないことをしたのも事実。それでも――」



「二人で一緒に過ごした時間まで否定することは――私が許さない」



雪の様に繊細なのに、力強い声。

彼女はいつだってそうだった。

目が見えなくて、体も小さくて、こんなにも非力な女の子なのに――僕なんかよりずっと強い。

得体の知れないアプリにも希望を見出し。

他人を信用していないのに僕と会う決意をし。

そしてケニー先生にも臆することなく対峙した。

それほどまで強いのに、自分をイジメた相手の死を悲しむことができる。

こんな情けない僕に幻滅するのではなく、真っすぐに気持ちを伝えてくれる。

気が付けば――僕は彼女のことを抱きしめていた。

「奈波」



僕が耳元で囁くと、彼女はビクッと小さな体を震わせる。

「君のことが好きだ」



彼女は息を飲み、そして先ほどの力強さが嘘の様なか細い声で答える。

「私も――勇樹のことが好き」



体温を共に伝わる、奈波の鼓動。

それはどんなSNSよりも早く自分を伝えるメッセージ。

それが徐々に高鳴っていって、僕はきっと奈波もこれが初恋なのだと気づいて――
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