PTSDユートピア
「……げほっ! ぐうううううっ!」

「奈波は……奈波はもうどこにもいないッ!」



彼女の幻影を消し去りたい一心で、俺は両手に力を込める。

俺自身は冬峰奈波との接点は全くない。だが、雨宮勇樹自身の心が止めどなく流れこんできて俺を駆り立ててくる。

この女だけは絶対に許してはいけない、と。

「俺が殺したんだ! 昔お前たちに対して同じことをしたように!」

「勇樹……目を覚まして……」

「覚めてるさ! あの時お前らが覚まさせたんだろうが⁉ もう俺は俺を抑える必要はなくなった! 元の雨宮勇樹が言ってるぜ、『もうこんな世界はうんざりだ』ってよ!」



俺は衝動のままに高笑いを上げて綾瀬を見下ろす。

少し頭が冷えてきた。

今はこの女を今度こそ本当に殺せるという喜びと期待で頭が一杯だ。

勇樹と俺から何もかも奪った奴への復讐。かつて勇樹が愛した女に扮した偽物を噛み砕く快感。

次は秋人の野郎を見つけ出して殺してやろう。アイツは俺を椅子で殴りやがった、その借りをまだ返し終えてねえ。

その次は神崎だ。見つけ出してあの時の続きをしてやる。泣き叫ぼうが喚こうが今度は絶対逃がさねえ――

その時、綾瀬が締め上げる俺の手に爪の先を食い込ませた。

その程度で逃げられるとでも? と嘲ると彼女は俺を怒りを込めた目で見つめて叫ぶ。



「――貴方は引っ込んでいてよッ!」
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