PTSDユートピア
グレーのコートを羽織い青のマフラー巻いて外に出ると、ひんやりとした外気が火照った頭を出迎えてくれた。

サク、サク、と小気味のいい音を立てて雪の道を歩く。

落とした針の音が反響しそうなほどの静寂の中しばらく歩くと、ふと路地の奥に誰かいることに気付いた。

赤いコートに厚手の手袋、格好から見るに女性だろうか。

更に少し近づくと、その髪が肩にかかるくらいの銀髪であることに気付いた。

「綾瀬……?」



こんな時間に家の近くまで何の用だろう。もしかして小説が待ちきれなくなったのか?

僕は声をかけようとして更に踏み出そうとしたその時、ビュッと激しい風が一瞬吹き付ける。

「……綾瀬!」



白一色で覆われた民家や路地は、吹き付ける雪風のせいで見えなくなり僕と少女だけが取り残される。

まるで、この世界には僕と彼女しか存在しないかのように。

少女は風の中で僕に向かって手を伸ばして――その仕草がなぜか、麦わら帽子を被ったワンピース姿の少女と重なる。

その薄い唇が動いて声にならない言の葉を紡いだ。



『――ヤットフタリニナレタネ。アノトキミタイニ』



口の動きだけで何とか読み取れたその言葉に、僕は困惑する。

そんな僕の様子を見て彼女の口元に笑みが浮かんだ。



『ダケドモウイカナキャ――ミンナガマッテイルカラ』



どういう意味だ?

こんな夜更けにどこに行くつもりだ? 誰と待ち合わせをしているんだ?

いや違う――君は一体――

僕が名を呼ぼうとした瞬間、その人物は背を向けて白の中へと溶けていく。

「待って! お願いだから待ってよ!」



僕は全力で走って少女が消えた角を曲がり……そしてそこにはもう誰もいなかった。

同時に吹き付けていた雪も嘘の様に止み、粉雪が寂寞と辺りに舞い降り始める。

ピコンッ、とスマホが鳴った。

画面を開くと、ユートピアートからいつの間にか通知がいくつも届いていた。

『勇樹―、新作まだー? 雪で外に出れないから暇なんですけど(>_<)』

『ねえ聞いてる?』

『ちょっと勇樹ってばー』

メッセージ主の名前を見てから、僕は路地の奥を見つめ――微かに笑みを浮かべてから彼女にこう返信した。

「ごめん」



「ちょっと夢を見ていたんだ……とても懐かしくて素敵な夢を」

(終)
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