幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
19章:突然訪れた夜
相談がある、なんて珍しいことを言うものだから、怪しいと思いながらもついていったら、これだ。
健一郎は、店内に入って待っていた人物を見て踵を返した。
そんな健一郎の腕を、ここまで連れてきた藤森がつかむ。
「たまにはいいだろ。桃子だってゆっくり話したいって」
「藤森。お前、いつからそんなにお節介になったんだ」
「なりもするよ。二人とも親友だし」
「親友って……。冗談もたいがいにしろ」
「ひ、ひどい……!」
「大丈夫よ、昨日偶然会った奥様に許可も取ってあるし。話したい事もあるの」
待っていた桐本の顔を見ると、桐本はにこりと笑った。
昨夜の三波の表情の意味が分かった気がして、嬉しくなった健一郎は今すぐにでも家に帰りたくなる。彼女のその感情の意味を彼女自身にもわかってほしかった。
「僕には話したい事はないよ。もう帰る」
「そんなこと言わずに。そういえば昨日俺も一緒に三波ちゃんと会ってさ」
そう言われて、健一郎は思わず固まる。「だからね、その時の話も聞きたくない?」
藤森はそう脅すように言って、無理矢理健一郎を席に座らせて自分も座る。注がれたワインを乾杯、と合わせてみても、健一郎は一滴も飲むつもりはない、というように口すらつけなかった。
「で、三波さんと何で会った? なに、話した? それ、桐本も一緒だったってこと?」
「そうそう。それでさ、三波ちゃんと会ったのが、駅前のジムから森下と出てきたところでさ」
「まずさ、三波さんのこと、呼ぶのも見るのもやめろって言ったよな。セクハラで訴えるぞ」
「それだけでセクハラって、俺をなんだと思ってるんだ」
「ましてや、話をしたとか……ありえない」
健一郎は続ける。「藤森、約束破ったな。今度から何かあっても、絶対にアドバイスなんてしないからな」
以前、二人はそんな約束を交わしていた。
藤森が安易に三波に近づかないように、健一郎としては何重にも予防線を張っていたのだ。
その約束は藤森にとって非常に重いものだった。
特に診断、という点において、健一郎の判断は冷静でいつも正しかったからだ。
外科の藤森でさえ、最終的にそれを頼りにしていた節があるので、それができなくなることは、正直つらい。だからこそ会わないようにしていた。
でも……それでも、藤森は自分自身の好奇心というやつに勝てなくなってしまったのだ。
『あの健一郎』を変えた女とはどんな女性なのか。いまだに自分には、一人の女性にのめりこむ気持ちがまったくわからない。
そして、以前の健一郎は自分と同じだとも思っていた。
―――それがある時、変わった……。
たしか研修医の時だ。
最近その疑問がどんどん膨らみ、その相手である三波に偶然にも出会い、つい声をかけてしまったのだ。
それは藤森にとって、すごく自然なことでもあった。
「桃子に聞いたらさ、この前にあった学会で初めて桃子と三波ちゃんが会ったんだろ? きっとジムはダイエットだね。健一郎のためになんて健気だよねぇ」
「たぶん体重が増えたことを気にしているのだろうけど……別にいいのに。三波さんなら20キロ太ろうと、30キロ太ろうと愛せるし」
「本人は気にするだろ」
実は、健一郎は三波がジムに通いだしたことは知っていた。というか勝手に調べたのだが。
森下が一緒だということで安心していたふしがある。ただ……藤森がそのジムに三波が通っていると知ったのなら話は別だ。
健一郎は、ひっそりと、なんとかして三波にジムを辞めさせようと決心していた。
「彼女のことは、愛せる、とか平気で口にするのね」
桐本が口をはさむ。
「本当にそうだから」
「……ねぇ、健一郎はそのままでいいの」
「そのままって?」
「佐伯医院だっけ? そこ継ぐだけでいいの? もっと上を目指したいって思うでしょ」
桐本は、まっすぐに健一郎に問う。
「上って……そんなの興味ない」
そんな健一郎に、桐本が加えた。
「ハリス教授とお話ししたけど……健一郎の事、すごく買ってたわよ」
「それはありがたいけど、それ以上でも以下でもない」
「桃子は心配してるんだよ。ついでに俺も心配してる。もったいないだろ、認められて、これから研究でももっとできることもあって……。健一郎さ……結婚相手とか誰が好きとか置いておいて、本当のとこ、どう思ってるわけ?」
藤森は、珍しくまじめな顔で健一郎に問う。
「え?」
「佐伯医院は、健一郎にとって、跡を継ぎたいくらいの病院なの? 正直さ、大学教授のほうがハクが付くじゃん。そうだったら、桐本といたほうが……」
そんな藤森の言葉をさえ切るように、
「僕は地位や名誉なんでどうでもいい」
と健一郎は一刀両断する。その言葉の強さに藤森は息を詰まらせ、そのあと苦笑した。
「なんだよ、ドラマみたいなことを言って。患者第一って感じか? 健一郎は、患者にも評判いいもんな」
「そんな話じゃないんだ」
別に自分はかっこいい医者なんかではない。
高い志をもって、この仕事に就いたというわけではないのだ。
―――ただ、彼らと……
同じ世界にいたいと思ったのが、医者になったきっかけだった。
「もう帰る。今日のこと、覚えておけよ」
「わかったよ。三波ちゃんによろしく」
「ちょっと!」
「桃子、諦めろ。別に今、全部を決めなくていいだろ」
そう言った藤森に、桐本は私諦めない、と言ったように藤森を睨みつけた。