幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
そして、健一郎は、不安と言うのは思ってもいない方向で的中したりするものだと後で思った。
健一郎が、学会の発表を終え、懇親会に参加していると、見慣れた顔がこちらに手を振ってきた。桐本桃子だ。
「同じ分科会じゃなかったのね。でも、やっぱり来てると思った」
「消化器関連の学会で会うのは当然だろ」
今日は消化器専門の学会なのだ。これで偶然会うというのは、運命とは程遠い。多くの大学病院の消化器内科の医師が参加している。
申し訳ないが、自分には、そんなことを喜ぶ小さな気持ちもなかった。むしろ、会いたくなかったほうだ。
「なによ、私に会うの、そんなに嫌?」
「別に嫌ってわけじゃないよ」
会いたくはなかったけど、嫌ではないと思う。ただ……居心地は非常に悪い。
「……ホント、健一郎変わったよね」
そう言って、桐本が笑う。「昔は来るもの拒まず去るもの追わずでさ。私と付き合ってたのだって」
「ごめん」
思わず、言葉を切って謝罪の言葉を重ねた。「あの時、全部中途半端だった。本当に、そう思うから、謝罪はしたかったんだ。本当に申し訳なかった」
正直、全うな付き合いなんてしてなかった。相手に気持ちがあることなんて考慮してなかった。昔の自分は間違いなくそんなものだった。
相手をどれだけ傷つけたって、それがなんだという気持ちがあった。嫌なら近寄ってこなければいい。自分から近寄ってきて勝手に傷つくなんて、勝手すぎるだろうとまで思っていた。
「謝罪なんていらないわよ」
その後、言葉に詰まる彼女を見て、健一郎は苦笑する。
自分がひどく冷酷な人間だったと、今だからこそ思える。
しかし、彼女のほうが一枚上手で、こちらを見てにこりと笑うと、
「私はまだ健一郎の事好きよ。欲しいと思ってる」
とあっさりとした返事が返ってくる。
思わず桐本の目を見た。まっすぐこちらを見つめる目。それの何が悪いの、とこちらの否を感じさせない強い思い。
(こういうところが、昔の自分には居心地がよかったのかもしれない)