幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
それが、あんな冴えない普通の女性と結婚して地域の病院に収まる? ありえない。
健一郎を引き上げられるのは自分だけだ。自分と一緒なら、健一郎も自分ももっと高みに行ける。桐本はそうも思っていた。そして、笑うと話を続ける。
「聞いたわ、多田医学賞のはなし。おめでとう」
それは、健一郎にとっても青天の霹靂のような話だった。
1年以上の前の研究の論文が、今になって受賞したのだ。
今でもその研究を続けているから、そのこと自体は喜ばしいのだが……それで自分が何か変わるとか、周りの反応がどう変わるかなんて全くと言っていいほど健一郎に興味はなかった。
「あぁ、もう耳に入ってるのか」
「医者の、ましてや研究の世界なんて狭いわよ」
桐本は、自虐的に笑った。そして、「私、ホプキンス大学での講師に、誘われてるの」
と一言言う。その言葉に健一郎は眉を寄せた。
それは、医者にとって、非常にありがたいたぐいの話で、やる気も才能もある桐本はぜひ行くべきだと健一郎は思う。ただし、自分を除いては、だ。
「桐本は行けばいいと思うけど、僕は行きたいわけじゃないから。ハリス教授から連絡もらったけど、すぐ断ったよ」
「なんで! 直々にお誘いいただいたんでしょ!」
「桐本の差し金?」
健一郎の冷たい瞳に、桐本の背中が冷える。しかし、なんとか口を開いた。
「ハリス教授医学賞の話も知ってたから、そう提案したの」
「勝手にそんな話してるなよ」
怒っている健一郎に対して、桐本は健一郎をじっと見る。
しかし、引くわけにはいかない。
「何言ってるの? 聞いてるわよ。健一郎だって、こうやって無理矢理ほしいものを手に入れたんでしょう」
桐本が楽しそうに笑う。人の痛いところを平気で突いて。
健一郎は、一瞬、言葉に詰まった。
三波のことを、自分が欲しかったのは間違いない。だから無理矢理に近い形で、手に入れた。三波も自分を好きだと言ってくれるようにはなったが、いつも不安は尽きなかった。
ただ、最近少し気持ちが変化してきたように思っていた。
―――今の三波と自分は、自分が無理やりほしいものを手に入れた、それだけの結果だったというのだろうか。