幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
エピローグ
健一郎と藤森は、その日、資料室にいた。
健一郎が藤森に壁ドンを繰り出していると思うのは、たぶん藤森の勘違いではない。
「えっと? 健一郎、怒ってる?」
藤森が壁ドン後の沈黙に耐えられず、口を開く。
健一郎はにこりと笑った。その笑顔に藤森の背中に悪寒が走る。
「怒ってる、ゲキオコ」
「古いね、それ」
「藤森さ、また逃げないでよね」
以前、逃げたことも分かっていたようだ。
全く食えない男だと藤森は思う。しかし……
「わかんないよ、患者は待ってくれないんだし」
そう言うと、健一郎の眉が不機嫌そうに動いた。そう言われると健一郎は弱いのだ。それも藤森はわかっている。
健一郎は、できるだけ手短に話を済ませようとした。
別室で話をしている三波と真壁の様子も気になる。できれば内緒で盗聴したい。
そんな不埒なことを健一郎が考えている時、藤森は観念したように息を吐いた。
「俺さ、健一郎のこと結構好きなの」
「すまない」
間違いなく、告白だろう。とっさに健一郎は断った。
別にそういう感情を否定する気はないが、自分は三波しか相手として考えられない。きっと三波であれば、男だろうが女だろうが関係ないかもしれないが。
藤森は苦笑する。
「恋愛感情じゃなくてさ、こうやって何でも言い合える男友達って俺には今までいなかったから。それに健一郎はさ、本当はもっと研究で活躍できる人間じゃん……だから三波ちゃんが健一郎のこと、本気で好きじゃないなら、健一郎も研究も救われないじゃん」
健一郎にとってそれは、まさに青天の霹靂ともいえる告白だ。
どうやら目の前の男は、自分のことを心配していたらしい。
「桃子には俺からも言っとくから」
「あれから、ちゃんと僕からも話した。海外に行く気はないって」
「そっか。色々と心配したけど、健一郎の腹は最初から決まってたんだな」
「あぁ」
健一郎は思う。心配していてくれていたことはわかったが、三波に手を出したことは許しがたい事実。
健一郎は、じっと考え、眉を寄せて口を開いた。
「そもそも、そんなこと他人に心配される筋合いはないことだから。次、三波さんに触れるようなことがあれば容赦しないよ」
健一郎がそう冷たく言い放った瞬間、藤森の顔が泣きそうになる。
実際、藤森は泣きそうだった。
自分がなにをしても、健一郎はなんだかんだ許してくれていた。
でも、どうやら、彼女に関してだけはアンタッチャブルな領域なのだろうと心に据えた。
少し間があって、健一郎がふっとまた一つ息を吐く。
「でも、僕もだ」
「え?」
「今まで、こんなふうに言い合える人はいなかった」
「健一郎!」
嬉しくなって、藤森が健一郎に飛びつく。
健一郎は鬱陶しそうに、藤森を引きはがした。
「ねぇ、健一郎が院長になったら、俺を佐伯医院で雇ってよ」
「だめだ」
即答だ。藤森はショックを受ける。
自分がいれば、地域で一番の病院に簡単になれる。そう思えるくらい、藤森は自分の腕と顔に自身があった。
「えーいいじゃん。腕はいいよ!」
「腕だけ良くてもダメなの、あそこはそういう病院だから」
健一郎が嬉しそうに笑う。
その笑みが、本当に大事なものを思っている顔に見えて、藤森は小さく息を吐く。
(あぁ、そうか。健一郎が落ち着いたのは、居場所を見つけたからなんだな)
藤森には、それが少し寂しくて、しかし、うれしい出来事だった。