幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
7章:久しぶりの再会と変化する関係

 秋に入ると、本格的に仕事が忙しくなってくる。というのも、冬の学会当番校にT大があたり、中心となって世話をするのが本橋教授だからだ。
 つまり、事務系の処理は全部私に回ってくる、ということになる。企業サポートももちろんあるが、大学でしかできない事務や連絡はこちらでしかすることができない。

 そんな準備もそろそろ忙しくなりつつある10月。突然再会したのは真壁修哉だった。
 ちょうど、本橋教授と廊下を歩いているとき、何か見知った顔を見かけて、私は足を止めた。

「真壁、くん?」

 体格ががっちりしていて、短髪に黒髪。相変わらず日焼けした顔。体育会系の彼になんとなく白衣は似合わない。しかし、笑顔は昔と全く変わっていないことにほっとした。

「おー! 三波! 久しぶり」

 真壁くんは、昔のように私をそう呼んだ。
 その変わらない声に呼ばれた瞬間、ドキリとして、まるで高校時代に戻ったようだと思った。

 そんな私たちを楽しそうに、本橋教授は見ている。

「二人知り合いなの? たしか初期臨床研修の真壁くんだよね?」
「はい。高校で同じクラスで、部活も一緒だったんです」
「佐伯さんは、たしかサッカー部のマネージャーしてたよね?」
「そうです。真壁くんは、3年の時にはサッカー部のキャプテンで」
「あの時は、いつも三波走ってたよなぁ。おかげで部員は練習に専念できたけど、三波は大変だっただろ」

 真壁くんは、相変わらず偉そうに私の頭に手をのせた。
 同い年なのに、大人びている彼は、どうも私を子どものように見ている気がする。しかし、それも許してしまうのだから不思議だ。

「そんなことないよ。あの個性的なメンバーの中で、部をちゃんと束ねてた真壁くんの方が大変だったじゃん」

 そんな私たちを見て、本橋教授はにこりと笑って、

「ちょうどよかった。確か真壁くんは海外に行ってて、研修期間が半年遅れたんだよね」
「そうです。叔父がアメリカで医師をしていて、若いうちに海外の医療現場も見ておけって」
「それはいい叔父さんだ。じゃ英会話は問題なくできるね」
「はい」
「今度学会の役で海外の客員教授の手続きがあってね。お願いできないかな? アテンドは講演の先生なんだけど、それまでの手続き関係は佐伯さんが不安みたいなんだ。ね?」
「あ、うん。知っての通り、私は英語からっきしダメで……」

 私が言うと、真壁くんはニカッと笑い、
「はい、もちろん。勉強にもなりそうですし」
と頷いてくれた。

「でも、研修医期間って大変だよね……大丈夫?」
「大丈夫だって。むしろありがたいよ。そんな経験なかなかできないだろ」

 真壁くんは、さも当たり前のように笑った。すると本橋教授は微笑む。

「それはこちらもありがたい。しかも、お迎えするのは、あのハリス教授なんだよ」
「本当ですか! やったー!」

 ガッツポーズで喜ぶ真壁くんを見て、クスリと笑う。まるでサッカーの試合で勝った時のようだ。
 ハリス教授は、私でも名前と顔をニュースで見たことのあるくらいの先生だから、真壁くんが喜ぶのも無理もないのかもしれない。

 いつも成長しようとなんでも頑張る真壁君はすごいと思うし、私は同級生ながらずっと尊敬していた。さらに、サッカー部を3年の夏まで続けて、現役で医学部に合格した真壁くんに驚きもした。
 でも、頑張りすぎるからこそ、少し心配なのだ。彼はそういう面を人に見せない。それを十分すぎるくらい知っていたから。

「無理だけはしないでね」
「ありがとう」
「そういえば、今はどこの科回ってるの? そこの先生にも言っておかなきゃ」
 本橋教授が聞く。

「そろそろ産婦人科が終わるので、次は消化器内科です」

 私は思わず真壁くんの顔を見た。

(消化器内科って……)

 本橋教授は何かを察したのか、
「それならちょうどいい。佐伯さん、お願いできる?」
と私に言う。

「え?」
「教授には私から言っておくから。でも初期研修なら、直接指導するのはたぶん彼だよね」
「あー……はい……。今から一緒に行きましょうか?」
「よろしくね」

 そう言って本橋教授はその場を離れた。
 さっきまでの再会気分がどこへやら、気持ちが暗礁に乗り上げる。

―――消化器内科、そこは私にとって、アンタッチャブルな場所なのだ。
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