幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
医務局は明かりがついていた。一人の人影が見える。
なんとなく、その人影が健一郎だと思った。
なんだか緊張して息を吸う。
ただの差し入れ、ただの差し入れ、と二回唱えて入ろうとしたところで、
「佐伯先生、少しお時間いただいていいですか」
と、女性医師が入っていく。やっぱり中にいるのは健一郎らしい。
それはいいが、タイミングを逃した。
私はなんとなく身をひるがえし、陰に隠れる。って、なに隠れてんだろ。別に隠れる必要なんてないのに。でもなんとなく人に見られるのは気まずい。
一緒にいるところを見られたくない。特に私から会いに来たなんて知られたくないのだ。
10分後、女性医師が部屋から出ていって、私が行こうとすると、
「佐伯先生、この論文なんだけどね…」
と、次は、別の男性講師が部屋に入る。
(って、なんで、こんな夜にみんなここに集まってるの!? ここは憩いの場か!)
そう思いながら、私は出ることも帰ることもできず物陰にとどまっていた。
(あぁ、もう! いつまでここにいればいいのよ! 次、また人が来たら、絶対にもう帰る! この差し入れだって全部自分で食べてやる!)
そんなことを決意しながら、講師の先生が出てくるのを待つ。そして、男性講師がやっと出てきた。所要時間30分。すでに時間は10時を回ろうとしていた。
と思ったら男性講師は、
「佐伯先生、お礼に今度私のおすすめの店に連れて行きますよ。かわいい子がたくさんいますから」
部屋の前でそんな話をしだす。
(それ、絶対、夜のお店じゃないか!)
思わず叫びそうになって、口を手で抑えた。
そういうお店に行く男性もいることは知っていた。でも、健一郎は……どうなんだろう。
(よく考えてみたら、健一郎も男の人だし、そういう店とか行きたいと思うものなの?)
そう疑問に思ったところで、やけに胸がドキドキとしていた。
しかし、健一郎は、明らかに不服そうな息を吐くと、
「僕の三波さんよりかわいい子は絶対にいませんし、行く気もありません」
と、きっぱりと言い放った。
(って、私は健一郎『の』でもないけど!)
そう思いつつ、また胸がドキドキと鳴る。
「新婚だもんね、仲いいんだ」
「はい。もちろんです」
(何を堂々と嘘をついてんだ!)
思わず脳内でツッコんでしまう。
「たしか本橋研の子だよね。どんな子?」
「それはもう、とんでもなくかわいくて、性格も最高で、可憐で、癒しで、魅力しかない女性です。あ、写真見ます?」
「え? いいの?」
「はい、今日だけでも300枚ほど……」
(やめてくれーーーー!)
なんだかすごくハードルをあげられた後で、私の写真を見せないでほしい!
っていうか、人のいないときに、なんてノロケをかましてくれてるんだ! 目の前で言われても嫌だけど!
写真を見せられたくない、という強い思いが通じたのか、次は病棟の看護師が走ってきて、
「せんせー! 急患です」
といい、健一郎とその講師の先生とともに一緒に走っていった。
私はほっとしたやら、いたたまれない気持ちになって、その場に立ち尽くす。
―――結局、健一郎、いなくなっちゃったじゃん…。
私はため息をつく。
結局差し入れをできず、その差し入れを部屋に置いていくなんて気も回らず、自分でもって帰ることを決めた。
ほんと忙しそうじゃない。
これまで、その中で中抜けしてストーカー行為をしてたってこと? それとも健一郎が二人いるってこと? 双子?
(……いや、あんな変態が二人いては困る)
そんな無駄なことを考えて、私はまたため息をついた。
「はぁ……ついでだからお手洗いでも寄っていこう」
私はつぶやいて、お手洗いに向かう。
できるだけ人が通らないような、病棟をでた研究棟のお手洗いを選んで。