きみはハリネズミ
文化祭まであと2週間を切ると、そこら中で慌ただしく焦ったような声が飛び交うようになった。


「高坂さん、そっちに服の資料ある?」


「これでいい?」


「それそれ。さんきゅ」


結局うちのクラスは投票でメイドカフェに決まり、立て看板は白と黒を基調としたメルヘンなデザインが採用された。


教室では衣装の採寸やら内装の製作が行われているらしく、半ば追い出されるようにして移動してきたバルコニーは、会話なんてほとんど無いくせにその声がやけに響いた。


憂鬱だ。


茅ヶ崎くんと2人きりなんてついてない。


線を引いて下書きをするだけの単純作業は、気まずさを埋めるには全然足りなかった。


いっそ茅ヶ崎くんに気がある女子が彼をさらっていってくれないかと思ったけれど、どうやら茅ヶ崎くんはコソコソと逃げ回っているらしい。


わざわざ教室の窓から見えにくい位置に身を置いて熱心に鉛筆を動かしている。


「律〜!どこ〜?」


廊下から少し怒ったような声が聞こえて、私は思わず茅ヶ崎くんを見た。


茅ヶ崎くんは苦笑いして立てた人差し指を口元に持っていく。


ないしょ。


小さく呟かれた言葉は私にしか聞こえない。


「なこちゃん律見なかった?」


声がすぐ側までやって来て、私に問いかける。


茅ヶ崎くんはここにいる。


バルコニーに置かれた観葉植物の影で息を潜めてじっとしている。


私は言えばいいんだ。


ここにいるよって。


そうしたら茅ヶ崎くんはここを離れざるを得なくなる。


息が詰まるような時間を過ごさなくて済む。


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