きみはハリネズミ
「…見なかったよ」


私の言葉に茅ヶ崎くんは口角をきゅっと上げた。


「律立て看板もサボってんの!?」


さらに眉を潜めた彼女は、ありがとなこちゃん、という言葉と共にバタバタと足音を立てて去っていった。


茅ヶ崎くんははぁーっと大きく息を吐くと鉛筆の線が広がるベニヤ板の上に寝転がる。


「行かなくてよかったの?」


「いいよ、あいつら絶対俺にメイド服着せようとするもん」


心底嫌そうに顔を歪めた茅ヶ崎くんは、「最後の文化祭くらいやりたいようにやらせろよな」と笑った。


そうか、もう最後の文化祭なんだ。


だからといって何かが変わるわけでもなかったし、今までだってこれといって特別なこともなかったけれど。


なんの思い出もなかったな、と自嘲する。


「俺さ、こうやって役割あんの初めてなの。毎年客寄せパンダみたいに目立つとこに座ってるだけだったから」


茅ヶ崎くんは空を眺めながらぼんやりと言う。


「だからこれが最初で最後の文化祭なわけ」


一瞬だけ真面目なトーンになった茅ヶ崎くんの言葉に、私は相槌を打つこともできず黙り込んだ。


茅ヶ崎くんといるとどうも調子が狂う。


私は深く関わらないように、それでも浅すぎないように必死で距離を保とうとしているのに、茅ヶ崎くんはどんな線も飛び越えて無かったことにして、平然と私隣で微笑む。


ペースを乱す茅ヶ崎くんも、乱される私も、嫌いだ。

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