1人で生きることは死ぬよりも辛い
 病室の分厚いカーテンを開けると気持ちのよい陽光が僕を包んだ。
 こんな日はどこかの山にピクニックにでも行きたくなる。
 そうしたアウトドア的な経験について聞かれると、僕はなにも答えることができないのだが。
 つまるところ単なる僕の願望だ。もちろん僕に外出の自由はない。

 昔の僕ならピクニックという言葉はまず浮かばなかっただろう。天気や気分に関係なく暇な時間は自然と勉強をしてしまうのだ。習性のようなものだったのだろう。

 自分はもうすぐ死んでしまうということを知らされた日から、僕は少しずつ変わり始めている。

 涙かなにかも分からなくなるほど泣き叫んだあの日を僕は忘れないだろう。

 僕は後悔を数えるように日々を過ごした。アレもやっておけば良かった、コレもやっておけば良かったと、僕がどんなにつまらない人間なのかを痛感した。

 今から焦ってももう僕にその願望を叶えるだけの自由はない。

 いつでもいいやと後回しにすることの愚かさ、浅はかさを僕は知った。

 僕らは、今を生きている。そしてそれを忘れてしまっているのだ。

 その尊さは失ってからでなくては気づけないカラクリになっているのかもしれない。
 神様ってやつが意地悪なのか、【生きる】ということに慣れた人間が愚かなのか。答えのない問題を考えることの無駄さに気付き僕はロビーの貸出コーナーへと向かった。



 
Q.貴方の性別と年齢を答えなさい
A.君はなんだか偉そうだね。そっちこそいくつなんだい?どうせ女の子なんだよね?


A.■■■■■■■■■(ボールペンでぐちゃぐちゃに塗られて読めない)


A.すみません。私は15歳の女子です。

Q.貴方のことを教えてください。



 彼女からの真摯な返事が小さくかわいい文字で書かれていた。

 ぐちゃぐちゃにして消した部分から彼女を怒らせてしまったことがうかがえる。

 そりゃ怒るよ。

 改めて読むと自分がどういう気持ちでこの文章を書いたのか自分を問い詰めたくなった。

 失礼極まりないその文字列を彼女は受け入れてくれた。
 15歳だと言う彼女の心の広さに驚き、尊敬した。それから、こんな僕を見放さないでくれた彼女に感謝した。それと同時に2つも年上の自分がとても恥ずかしくなった。
 まずは謝りたい。そう思い今日も持参してきたボールペンを手に取った


Q.貴方のことを教えてください。
A.君はすごく優しいんだね。それと、ごめんなさい。前のアレ、あまり深く考えずに書いたんだ。君をムカつかせてしまったようで申し訳無い。この前の無礼を許してほしい。

僕は、17歳の男子です。実は瀕死なんだよね。少し前に突然余命宣告されて、それからは毎日この病院のベッドで生活してる。先月の4月から入院してるんだ。こんな感じでいいかな?

嫌でなければ、君のことをもっと知りたい。

長文失礼しました。



 僕は、溜め込んだ感情を黒いインクへと注ぐ。
 
 本当はもっと書きたいことがあった。

 僕を知ってほしい。君を知りたい。もっともっと。
 珍しく前向きな気持ちで溢れていた。


 君がここにいればいいのに……

 ……?

 今の気持ちはなんだろう?

 充実感にも似ていて、幸福感のようにも感じる。なのに落ち着かない。心がざわつくような、チクリチクリと細い針で刺されるような感覚。

 得体の知れぬその感情がなんだか怖くて、僕は君のことを考えるのをやめた。

 その瞬間、気づいてしまう。

 否が応でも、意識が君に引きずられていくことに。君のことを考えてしまう僕がいた。

 僕は、名前も顔も知らない君が気になって仕方がないのだ。

 
 君は、どうなのだろう?

 考えるとまた心がざわついた。


 ほぼ手紙のような文量となったメモをまた挟み込み、本棚へと戻した。
 今日は一旦寝よう。頭が回らなくなっている。


 それから僕は、足早に自室に向かい、まとまらない頭を休ませるために昼寝をした。
 その日は、覚えてはいなかったがなんだか素敵な夢を見た気がした。
 
 なにかが、僕の中で膨らみ始めていた。
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