クールな婚約者との恋愛攻防戦
「笑った!」

彼の笑顔を見られたことが嬉しくて、橋の向こうにいる彼に駆け寄った。


「おい、足元草履だろ。走ったら危ないぞ」


そう注意されるも、関係ない。

それに、草履で走るのなんて慣れている。母にはよく怒られていたけれど。



先程よりも近い距離で、樹さんの顔をじっと見つめた。


「さっき笑ったよね? もう一回、笑顔見せて」

「笑ってない。
ていうか、年上なら敬語を使うんじゃなかったのか」

「ああ、そんなに年齢離れてなかったからいいかなって。あ、樹君って呼んでもいい? 私も、愛梨って呼び捨てでいいよ」

「よく喋るやつだな。……分かったよ、愛梨」


名前を呼ばれた瞬間、また嬉しくなった。

何だろう、この気持ち。少し、胸が温かいような気がする。


「でも、本当良かった。この先、樹君と何とか上手くやっていけそうで」

「……ああ、そうだな」

「えっ、樹君もそう思ってくれてるの?」

樹君の返答は良い意味で意外だったから、つい驚いてしまった。勿論、嬉しいのだけれど。


……でも、彼の言葉の意味は、私が期待していたものではなかった。



「ああ。本当に安心してる。愛梨も、この政略結婚を当然に受け入れるつもりでいたと分かったからな」

「……え?」


えーっと。それはどういう意味?



「高原貿易グループの為にも、この結婚が破談になったら困るからな。結婚相手が、恋愛結婚じゃなければ嫌だと駄々をこねるような女だったら、色々と無駄に気を遣うことになるところだった」



……んん?


無駄に気を、って……。



「愛梨は、政略結婚自体には不満はなさそうだもんな? それなら生活も気楽だ。お互いに恋愛感情なんかに振り回されることなく、形だけ夫婦をやっていればいいんだから」

「えぇっ⁉︎ そ、それって仮面夫婦ってこと⁉︎ 」


そんな展開は、さすがに望んでない!


「私は、どうせ結婚するなら楽しくやりたいって言ったじゃん!」
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