クールな婚約者との恋愛攻防戦
見事に広いその庭園は、この料亭の自慢の一つなのだと、玄関を出る時に女将さんが教えてくれた。

確かに、どこを向いても季節の花々でいっぱいで、都会とは思えない自然の豊かさとその雄大さに、目を奪われてしまう。
どこか非日常感すらあって、歩いているだけで楽しい。

特に、桜の花が綺麗。どの木も満開だ。



「とても素敵なお庭ですね」

「そうですね」

「きっと夜はライトアップされて、夜桜なんかも綺麗に見えるんでしょうね」

「そうですね」

「そうだ。桜の木を見ると、その下でお弁当広げたくなりません? 今度、良かったらお弁当持って、お花見に行きません?」

「都合が合えば、是非」


うーん、やっぱり話が続かない。


自分から話題を振るのは嫌いでも苦手でもないけれど、そもそも樹さんに会話を続ける気があるのだろうかと問いたくなる。


都合が合えば是非、とは言ってくれているけれど
、無表情でそう言われても何の感情も伝わってこず、やはり台本? としか思えなかった。



照れてくださいとは言わない。だけど、もう少し何とかならないだろうか? せめて、普通に会話するくらいには。

だって……。



「樹さん」

桜の花びら達が水面に無数に浮かぶ大きな池。
そこに架かる赤い橋を渡りながら、私は半歩先を歩く彼の名前を呼んだ。



樹さんは振り返り、「何ですか?」と聞きながら足を止めた。




「このお見合い……仮に私達が拒否したとしても、きっと強引に推し進められますよ。父親同士はもうすっかりその気でしたし。

だったら、せっかくだしもう少し仲良くしませんか?」

「仲良く?」

「はい」


きっと、このまま婚約が成立して結婚まで事が運ぶのことは、まず間違いない。

元より、私はお見合いが始まる前からこの結婚を拒否するつもりはなかった。どんな相手でも受け入れようって思っていた。

だけど、もし樹さんがこの政略結婚に不満を抱いているならば。そしてそれ故に私に関心を示さないのならば、樹君には非常に申し訳ないけれど、抵抗は諦めてもらわなければならない。
この政略結婚には、きっと抗えないのだ。



……しかし、私の心配をよそに樹さんは。



「この見合いを破断にするつもりなんて、俺にもない」


と、しっかり答えてきた。


顔は相変わらず無表情だけれど、何の感情も伝わらないロボットみたいなさっきまでの口調とは違い、私は今初めて、彼自身の言葉を聞けたような、そんな気がした。
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