私たちにできるだけ長いラストノートを
「もうすぐなくなりそうだから、買ってくるよ」
彼が、香水の瓶を持ちあげて何気なくそう言った。
もう数回しか使えない量であることは私にも分かった。
ああ、ついになくなってしまったんだ。
私は彼に答えずに、目をきつく閉じて一回深呼吸をしてから彼に近付く。
彼の手から香水瓶を奪うと、自分の手首にふきかけた。
止めようとする彼の手を振り払って、何度も何度も瓶が空っぽになるまで。
意外と量が多くて、床にも服にも手首以外もびしょ濡れになった。
そんなことはどうでもよかった。
「やめてくれ、お願いだから……!」
彼は、私の腕をしっかりとつかんだ。
気が付くともう香水は出ていなくて、空打ちし続けていた。
辺りには強烈な匂いが立ち込めていた。
私は、そっと労わるように香水瓶を定位置に戻した。
彼は何も言い出さない。
でも、ばつの悪そうな表情から察していることは分かった。
「ごめん、俺……」
「何も言わなくていいよ」
怒っている訳ではなくて、聞くのが怖い訳ではなくて。
始まる時に言葉がなかったのだから、終わる時も言葉にしてほしくはなかった。
私が彼の顔に手を伸ばすと、彼は少し怯えた顔でそっと目をつむった。
私たち、やっぱり終わりなんだね。
私は、彼の首筋に自分の両手首をあてて優しく撫でた。
激しく強い匂いが私から彼に移っていくのを感じた。
彼は目を開けたタイミングで、香水の匂いにむせて咳き込んだ。
どんどん目に涙が溜まっていく理由は聞かなかった。
私は、最低限まとめた荷物だけ抱えて部屋を出た。
すれ違う人たちが、私の激しい匂いと泣き顔にギョッとしていても気にならなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼の首筋であんなに強く激しく香っていても、徐々に匂いの質は変わっていく。
いつか匂いは消えるように、私のことも忘れるかも知れない。
それは逆もしかりだ。
でも、どうか。
私たちにできるだけ長いラストノートを。
終わり
彼が、香水の瓶を持ちあげて何気なくそう言った。
もう数回しか使えない量であることは私にも分かった。
ああ、ついになくなってしまったんだ。
私は彼に答えずに、目をきつく閉じて一回深呼吸をしてから彼に近付く。
彼の手から香水瓶を奪うと、自分の手首にふきかけた。
止めようとする彼の手を振り払って、何度も何度も瓶が空っぽになるまで。
意外と量が多くて、床にも服にも手首以外もびしょ濡れになった。
そんなことはどうでもよかった。
「やめてくれ、お願いだから……!」
彼は、私の腕をしっかりとつかんだ。
気が付くともう香水は出ていなくて、空打ちし続けていた。
辺りには強烈な匂いが立ち込めていた。
私は、そっと労わるように香水瓶を定位置に戻した。
彼は何も言い出さない。
でも、ばつの悪そうな表情から察していることは分かった。
「ごめん、俺……」
「何も言わなくていいよ」
怒っている訳ではなくて、聞くのが怖い訳ではなくて。
始まる時に言葉がなかったのだから、終わる時も言葉にしてほしくはなかった。
私が彼の顔に手を伸ばすと、彼は少し怯えた顔でそっと目をつむった。
私たち、やっぱり終わりなんだね。
私は、彼の首筋に自分の両手首をあてて優しく撫でた。
激しく強い匂いが私から彼に移っていくのを感じた。
彼は目を開けたタイミングで、香水の匂いにむせて咳き込んだ。
どんどん目に涙が溜まっていく理由は聞かなかった。
私は、最低限まとめた荷物だけ抱えて部屋を出た。
すれ違う人たちが、私の激しい匂いと泣き顔にギョッとしていても気にならなかった。
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彼の首筋であんなに強く激しく香っていても、徐々に匂いの質は変わっていく。
いつか匂いは消えるように、私のことも忘れるかも知れない。
それは逆もしかりだ。
でも、どうか。
私たちにできるだけ長いラストノートを。
終わり