302号室のふたり
高校に入る前には、私は太一を意識していたけれど、太一にはみじんもそんな気配が無くって、どうしたものかと悩んでいたのに。母の正論がえげつなく刺さる。
こうして母たちの決定に、両家の父ですら太刀打ちできず、私と太一はルームシェアで大学生活をスタートした。
両家の母達が選んで借りてくれたのは、2LDKの賃貸アパートで三階の角部屋。
そして母たちの言葉が呪いのように絡みつき、前にも後ろにも右にも左にもどこにも進まぬままに、私たちは健全なルームシェアを続けてとうとうもうすぐ卒業まで来てしまった。
さすがに就職するこの先は別々だろうと、私はもう無理だろうなと最近は賃貸情報を検索する日々。
この部屋から出て、就職先に近いところに引っ越しを検討中だ。
就活までの三年、大学に通いつつ頑張ってバイトをしてそこそこ貯金もあるので、引っ越し費用の心配もなし。
それでも、このままなにもしないままに出ていくのはさすがにどうだろうと思って、今年が最初で最後と意気込んで、小学生の時以来久しぶりに、太一に手作りのバレンタインチョコを用意した。
初めてのボンボントリュフは現在キッチンの冷蔵庫でしっかり冷えている。
さすがにここまでの手作りはあげたことがないから、これで私の気持ちに気づいて向こうからリアクションがあったらなという、かすかな希望にかけていたりする。
そう、ここまで来ても自分から告白なんて出来ない、私もほとほと度胸のないところがあるので相手にどうこう言えないけれど……。
一緒に生活して、嫌なところなんてないし過ごしやすく、落ち着く。
太一もそう感じているようだし、事実不満やそういった態度を見せられたことはない。
草食系男子を地でいくような太一は見た目はそこそこなのに寡黙で、私以外の女子とはあまり会話しているのも見ない。
だから、ちょっとだけ期待したんだ、幼馴染だし、私は特別だよねって。
ただの幼馴染だったと知るのは、とてつもなく早く、私は痛む胸と頭とを抱えて過ごすことになる。
太一は今日もバイトで出かけていた。塾講師のバイトなので、まだ今の時期は高校受験を控えた中学生の指導に忙しい。
バレンタインも超えた、明日の金曜が県立高校の入試テストの日らしい。
十一時で帰宅した太一の行きに持って出たカバンがどうにも分厚くなっている。