302号室のふたり
太一side
おかしい。奈子が、俺と視線も合わせずにそそくさと部屋にこもった。
今日はバレンタイン。職場でも、「これ義理でーす! お返し楽しみにしてまーす!」なんて現金なバイトの後輩から、いいお値段のチョコを押し付けられた。
お返しは、そこそこのものを返さなきゃって、だれが決めたんだこの制度。
ついついため息がこぼれる。
帰ってきたときに、部屋からチョコの香りがかすかにしたので、今年は奈子から久しぶりに手作りチョコがもらえるかもなんて期待したのに、そんなことなかった。
料理上手な奈子がもしかして失敗でもしたのだろうか? 失敗してても作ってくれただけでうれしくてなんでも食べるのに……。
俺と奈子は生まれた時から一緒に過ごしてきたお隣同士に住んでた同い年の幼馴染だ。
物心つくころには、もうずっと俺の中で奈子は特別な女の子だった。
でも、奈子にそんな気はサラサラなさそうなのと、元々の口下手が手伝って大学入学の十八から一緒に暮らせているのに、いまだに告白すらできていない。
片思い歴もそろそろ二十年になろうかという、ドヘタレである。自覚はある……。
奈子は明るく、闊達なタイプで運動も得意。
中学まではバレーやテニスをやっていたが高校入学してからはバイトを始めて運動はやめてしまった。
大学でも、そんな感じで学業とバイトに専念していたが早々に幼稚園教諭と保育士の免許を取得して、大きなこども園から内定をもらっていた。
ここから十分通えそうだし、俺の就職先もここから通えるので
気持ちを告白してルームシェアから同棲に切り替えたいななんて、そんな気持ちもヘタレな俺は口に出来ずにいる。
それでも、今を逃したらダメな気がして明日こそ話をしようと、部屋に入り準備していた小箱を握りしめる。
俺から初めての海外と同じ感じで準備したバレンタインのプレゼント。
当日に渡せなくってがっかりしたものの、明日で大丈夫とたかをくくった俺は翌日大いに慌てることになる。
翌朝、起きると家に人の気配が無い。
「奈子?」
声をかけてリビングに入ると、キッチンカウンターにはいつものように朝食が準備されているのに奈子の姿がない。
何かがおかしい、そう感じて奈子の部屋をノックするも返事なし。
奈子は風邪をひいても、俺が家事能力の低さを露呈しているのでご飯の準備をしてくれたりする。 優しく思いやりのある所も、長所で奈子は実際モテた。
でも、奈子に彼氏ができたことはなかった。 それを安心材料にしていたのは間違いない。
悪いと思いつつ、部屋をのぞくと倒れた奈子は見当たらず、部屋は静かで、そこにあったPCのスリープを解除して見えたのは賃貸情報のページだった。
見てみれば駅前の店舗の情報で、俺は焦る。
まさか、奈子がこのルームシェアを解消するべく動いていたなんて……。