全てを失っても手に入れたい女がいる 2

魁斗に電話をする為に社長室を出たが、未だにお茶を運んで来ない秘書が気になり、涼夜は給湯室へと向かった。

「…大丈夫、大丈夫、笑顔よ!
社長だって、皆んなが言うほど悪い人じゃない。
笑顔で居れば良い事がある。
笑顔で居れば、きっと乗り切れる!なんて事ない…」

給湯室へ近づくにつれて、ブツブツ呪文の様なものが聞こえて来た。
給湯室をこっそり覗くと、さっきの秘書がカップの乗ったトレーの上で、ガサガサに荒れ血までもにじんだ手に小袋を持っていた。

ん?
さっきは、手袋をはめていたから分からなかったが、いくらなんでも、秘書があんな酷いあかぎれにならないだろ?
あれじゃまるで、水仕事ばかりしてる人の手だ。

父は、異常な程の潔癖症で、側におく者全てに手袋を着けさせる。
だからこそ、潔癖症の自分の息子がゲイだと言うのは、あの人には屈辱でしか無いのだ。

何かに怯え何かを呟いていた秘書は、手に持っていた小さな小袋へ指を入れた。

クスリ…?
俺に盛るのか?
あの親父ならやりかねないが…

「ねぇ、それ何かのクスリ?
もしかして、俺、毒盛られちゃうとか?」

「えっ!?」

女は余程驚いたのか、持っていた小袋を落とすと、慌ててそれを拾い挙げた。

「ど、毒だなんて違います!
これは…これは私の精神安定剤です!」

精神安定剤?
「じゃ、見せて?」

涼夜がにっこり笑い右手を出すと、女は小袋の中から一粒取り出し、涼夜の手の上に置いた。

「ぷっ!こ、これが精神安定剤?
あ、あんたガキかよ?プップププ」

「そ、そんなに笑わなくても良いじゃないですか?」

涼夜の言葉に、少し頬を膨らませ怒る秘書に、更に笑う涼夜。

「プップププ…で…プッ…何で精神安定剤が必要なの?」

「…………」

何も答えない秘書に涼夜は「社長からのセクハラ?」と聞いた。
彼女は何も答えないかわりに、真っ赤に荒れた手で小袋を握りしめていた。

親父のセクハラ行為は以前から噂には聞いていた。
商談やら、デザインやらで上手く行かない事があると、秘書だろうと、デザインナーだろうと、側に居る女に手を出し、そして、飽きると弁護士に金で解決させてるらしい。
屋敷のメイドも変わる度に、“ またか ” くらいにしか俺は思ってなかった。

「で、君、俺の母親になりたいの?」

涼夜の問いかけに女は大きく首を振る。

彼奴に怯えてるのに、そんな気なんかないか?

「ねぇこれ食べて良い?」

彼女が頷くのを見て、俺は自分の掌にあった物を口の中へ放り込んだ。




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