全てを失っても手に入れたい女がいる 2
父、雅よりモデル契約解消の承諾を得ると、直ぐに書類を作らせ雅がサインする姿を、涼夜はしたり顔で見ていた。
「では、お父様のちほど?」
見合いの時間《とき》までと、涼夜は社長室を後にした。
社長室を出て、着替えをしに一度屋敷に戻ろうかと思ったが、見合い相手がblackbirdの店を贔屓にしてるならと、涼夜は考えを変えた。
「どうせなら、親父の店の新作でも着ていくか?
奴はデザインして無いだろうけど?」
ここ何年か、blackbirdのメインデザイナーである雅がデザインしたと言えるモノが表に出る事は無かった。
俺の知る限りだと、もう7年はデザインしてないだろう?
多分、あの人の金庫の中身も…
「もう尽きたんだろな…?」涼夜は、誰に言うでも無くそう呟いた。
さて、たまには頑張ってる皆さんに、労いの言葉でもかけて行きますか?
社内にも涼夜のファンは多い。
普段なら騒ぎにならない様に、魁斗が上手くガードしながら、重役専用エレベーターで移動させ、必要以上に社員に涼夜を会わせることはない。
だが、今日は騒ぎになる事を分かって、敢えて涼夜は各フロアー毎に降り立ち、普段会う事のない資料課にまで足を運んび、社員の皆に労いの言葉と、極上の笑顔を振舞い、時には写メまで撮るサービスをして、ロビーまで降りた。
フー 疲れた。
結構、騒がしたかな?
そして「久しぶりに街もブラつくかな?」などと、涼夜は呑気に呟いた。
何度も言う様だが、普段なら涼夜の側には魁斗がいる。どんなに時間が空こうとも、側にいる魁斗が絶対涼夜を一人街の中へ放つ事はない。
放つものなら、大騒ぎになる事は間違い無いからだ。
だが、今涼夜のリードを引く魁斗は居ない。
涼夜は胸元からサングラスを出し、少し勿体ぶった様に掛けると、声を潜めていた本社の者達の、歓喜の声でロビーはどよめく。
そして、綺麗に磨かれた本社ビルのガラスを鏡代わりに、ヘアースタイルを整えた上で、涼夜は振り返り皆に笑顔で手を振り、「お仕事頑張って下さい!」と本社ビルを出た。