ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
「……ありがとう。でも、お祈り、もういいの?」



イザヤは神像を抱えたまま、ぐるりと神殿内を見回した。


歌舞伎の鳴神みたいだなあ……と、ぼんやり思った。


「きりがないからな。踏ん切りをつけねばなるまい。……それより、これからも、そなたに力仕事なぞさせたくない。……指を傷めたら、演奏できなくなる。」


……演奏……。

やっぱりこれからも、なんか弾かせる気なのか……。

本気で、旅芸人か吟遊詩人でもやるのかな。


……いやいやいや。

それは最後の手段でいいはず。


とりあえず、まずは、衣食住の確保といざやの就職。

騎士団長でも貴族でもなくなったって、漠然としてるけど、お給料がなくなっただけじゃなくて……たぶん、領地も奪われるのよね?

完全に収入のみちが閉ざされると考えていいのよね?

館も接収されるだろうし。



「ほら、行くぞ。……心配しなくてよい。婚約者……ではなく、(きた)(かた)は頼りにならずとも、姉上は力になってくれるだろう。」

イザヤは暢気にそう言った。


いつも通り鷹揚な顔と言葉に、ちょっとほっとした。


……まあ、心配は尽きないけどさ。


でも、イザヤにはそんな風に飄々としていてほしい。 

さっきみたいな怖いイザヤになってほしくない。




「イザヤ、カワイイ、イザヤ、ダイスキ!」

空気を読んでいたのか、それまでおとなしくしていた鳥の伊邪耶が、突然そう喋り出した。  

イザヤの目がでれっと下がった。

「私も好きだぞ。」


私ではなく、鳥の伊邪耶にそう返事するイザヤ。



対抗意識ではないけれど、思わず私も口走った。

「私も!大好き!」



イザヤは、くっと笑った。

そして、大きく頷いた。


「ああ。私も、そなたが大好きだ。」


それで、もう充分だった。

自然に頬がゆるんでく。 



執事さんたちが、なま温かい目で見守るなか、私たちの心は1つになった。

まるで家族のように。



***


「結局、1日で強制終了しちゃったねえ……ハネムーン。」

小さくなっていくオースタ島を眺めて、私はそうつぶやいた。


「……落ち着いたら、やり直せばよい。……行き先は変わるが。」


多少淋しげなイザヤの言葉に、私は笑顔を作って頷いた。

「どこでもいい。旅行でなくてもいい。ずっとイザヤと一緒にいられたら、それでいい。……ね?いざや。」 

鳥かごの中の伊邪耶にも、そう話し掛けた。
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