ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
伊邪耶は湖を波立たせる強風が心地よいらしく、目を細めてご満悦だ。

帆を張ればもっとスピードが出たかもしれないけど……充分よね。


すぐ前の筏では執事さんが、そして筏を牽引する船を使用人くん達が交替で漕いでいる。

軽石の神像2体の上にベッドの木枠を縛って固定した即席筏は、うまくバランスを保ち、危なげなく湖上を進んでくれた。

必死で漕がなくても、風が岸辺へと運んでくれているそうだ。


見上げると、我々を追い越して、どんどん雲が流れていく。

雲は、蹂躙されたオーゼラ国から、どこへ辿り着くのだろうか……。




「……もし、万が一……、問答無用で私が殺されても……自棄(やけ)になるなよ。」

不意に、小声でイザヤがそう言った。


ドキッとしたけれど……騒ぐことも、泣くことも憚られた。 


使用人くんたちに聞こえないように言ったイザヤの気持ちを酌み取って、私はイザヤに近づいて、さらに小声で言った。

「そんなこと、させない。……イザヤも、館のみんなも、楽器も……何とかする。」


「……どうするつもりだ?そなたの自己犠牲なんぞ、何の役にも立たぬぞ。……むしろ、そなたの存在は切り札になるのだ。安売りするな。……意に染まぬ状況に身を投ずる必要はない。そなたはそなたらしく、堂々と生きよ。……そのためなら、神々を踏みつけても、楽器を沈めてもかまわぬ。」

イザヤは言いたいことをぼやかしたけれど、ちゃんと伝わってきた。


私は、ニッと笑ってから、イザヤの不安を敢えて言葉にして否定した。

「うん。わかってる。後追い自殺もしないし、逆に、今さらティガを頼って生きようとは思わない。もう遅い。私の中、イザヤで一杯になって、今も、溢れてるもん。」

「……そうか……。そなたは、強いな……。」

そうつぶやいて、イザヤは目を伏せた。



……おや?

完全否定してほしかったわけじゃなかったのかな?

もしかして……弱気モードで自棄になりそうなのは、イザヤのほうだったの?



うーん、それなら……と、私は首を大きく傾げるように身体を折り曲げ、イザヤの目を下から覗き込んだ。


瞳が揺れていた。

思わず、イザヤの首に両腕を回して、ぎゅっとしがみついた。
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