ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
イザヤのオールで漕ぐ手が止まった。


私はイザヤの耳に口づけてから、言葉になるかならないかのかすかな声で囁いた。

「もし、イザヤが死にたいんやったら、一緒に逝くから。」



イザヤは何も答えなかった。

ただ、かすかに、頷いたようだ。


……これが、正解だったのか……。


そうよね。

強がってても……本当は、怖いよね。

戦場じゃない。

馬も剣もない。

丸腰で、敵の待ち構えるなかに戻るんだもんね。


交渉ができる状況かどうかなんて、わからない。


……頼みの綱はティガだけ……か……。



やっぱり私が何とかしなきゃ!



***


岸辺に到着する前に、大きいほうの太陽が沈んでしまった。

小さい太陽だけになると、どうしても寒さが増してしまう。


私は毛布にくるまったまま、小船から下りようとした。

当然のように船底のちょっとした突起につんのめってしまった。


「危ない。」

イザヤが転ばないように支えてくれた。


「ごめん。いざやも、ごめん!」


鳥かごの中の伊邪耶に謝ったら

「ぴ……」

と、心細そうな声で啼かれてしまった。



ごめんごめん。


「大丈夫か?……どれ。」

イザヤは少し屈んで、私を抱き上げようとした。

が、慌てて止めた。


「や。いいよ。……たぶん、見られてる……。」



浜に人はいなかった。

でも館には煌々と灯りがついている。

どの窓かはわからないけれど、ティガに見られているような、そんな気がした。



「……別にかまわんのに。……では、鳥かごを持ってやろう。」

「うん。そうね。お願いします。」


伊邪耶を預けると、私は毛布にくるまったまま、のそのそと船から下りた。





浜辺は、いつもよりしっとりと濡れていた。

雨、思ってた以上にいっぱい降ったのかな。


……雨の中の行軍と殺戮だったのか……。


考えないようにしてたのに、ついつい想像して、ぶるっと震えた。



毛布が濡れないようにたくし上げて歩いた。



執事さんの指示のもと、楽器が次々に館に運び込まれてゆく。

イザヤと私も持てるだけの楽器を持って、館に入った。



使用人さんたちが、泣きじゃくって迎えてくれた。


イザヤの顔が歪んだ。

泣くのを我慢しているのだろう。


私もまた、歯を食いしばった。




すぐに正面奥の階段からティガが姿を見せた。

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