ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
いつも通り、長い緑の髪と、長い裾引きの衣を身につけて……悲しみに暮れる館で、ティガ独りが穏やかにほほえんでいた。



イザヤは、早足でティガに歩み寄った。

そして、黙って深々と頭を下げた。


……胸が締め付けられたように痛んだ。



「頭をお上げください。イザヤどの。……おかえりなさい。まいらどの。……あの、見事な筏はあなたのアイデアですね?」


ティガが私に「どの」を付けて呼んだことにかなり動揺したけれど、私は笑顔で返事した。


「ただいま。でも、今まで通り、『まいら』って呼んでほしい。ティガは私の先生でしょ?これからも、それは変わらないでしょ?……カピトーリのことを、たくさん教わりたいしね。……筏、びっくりした?オーゼラの神様に連れて来てもらったの。……ああ、そっか。それで迎えに出てくれへんかったの?」


ティガは黙殺すると、イザヤに向かって言った。


「既にお聞き及びとは存じますが……昨夜、我が国が、この地を平定すべく……オーゼラの王城を襲撃いたしました。夜明けまでに、王族と主だった貴族たちは、根絶やしにされたとのことです。」



イザヤは自分の胸を片手でぐっとつかみ……大きく息を吐いた。

それから、感情を押し殺して、静かに言った。

「……私の留守を……この館を守ってくれたのは、そなただと聞いた。ティガ。皆を守ってくれて、ありがとう。心から感謝する。」


ティガは苦笑した。

「長きにわたる滞在中いつも、この館のひとたちは、皆、私にもリタにも、とても親切にしてくださいました。……見殺しにはできません。」



周囲の泣き声がまた大きくなった。


口々にティガへの謝辞を涙ながらに訴える人々のなか……私だけは現実感のない悲劇をまだ半信半疑で……ただ、突っ立っていた。



たった2日前、大聖堂と王城の大広間を埋め尽くしていた王族や貴族がみんな殺されたとか言われても……数百人は集っていたんだけど……。




「それで、私は?……(きた)(かた)に助命の嘆願でもすべきかな?」

イザヤの強がりが痛々しくて、私も泣いてしまいそう。



ティガは肩をすくめた。

「粛正は終わりました。この国は滅亡しました。カピトーリはインペラータという名の帝国の首都国と改められ、新たな統治体制を確立いたしました。……ああ、それから、イザヤどのとシーシアさまの婚姻は成立いたしませんでしたので、今後、そのような呼称はなさいませんよう、お願いします。」
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