策士な課長と秘めてる彼女
日葵が水族館を出る頃には、時計は14時を指していた。

お昼ご飯はまだ食べていない。

水族館で食べても良かったが、せっかくなので日葵は砂浜におりてコンビニで買ったサンドウィッチでも食べようと思った。

水面に映る太陽の光がキラキラと反射している。

青い空と海、白い波と雲。

その絶妙なグラデーションが、日葵に懐かしい情景を思い起こさせた。

大学生の頃、日葵は訓練の合間をぬって、風景を写真におさめるために近場を散策していた。

一眼レフのカメラを構えて何枚か写真を撮った。

デジタル機能のあるこのカメラには、先程水族館で撮ったペンギンやイルカの写真もおさめられている。

データを見返すと、満足して砂浜に降りるための階段に腰かけ、リュックからスケッチブックを取り出した。

色鉛筆で描くパステル画だが、A5サイズのスケッチブックに描くのには向いている。

「へえ、うまいもんだな」

「素敵な風景画ですね」

散歩中の老人や子供連れのお母さんに話しかけられる。

誉められて気を良くした日葵は、ササッと彼らの似顔絵を描いて手渡す。

人物画は得意だ。

海岸でたまたま出会った人間に絵を描いてもらえて、二人ともとても喜んでくれた。

こういった何気ない出会いややり取りが癒しを与えてくれる。

いつの間にか日葵は、集まってきた人々に囲まれながら、撮った写真や描いた絵について話し込んでいた。

「日葵!」

なぜだか後方から、日葵が逃げてきたはずの人物の低音ボイスが聞こえる。

幻聴だろうか・・・。そうに違いない。

無視して日葵は周囲の人との会話を再開した。

「日葵!」

ぐいっと後方に引っ張られる。

日葵が驚いて振り返ると、それは紛れもなく真島課長、その人だった。
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