策士な課長と秘めてる彼女
日葵の右側に腰を下ろした陽生は、じっと日葵を見つめた。

最初はバツが悪そうだった日葵も、開き直ったように柊を撫でながら言葉を紡いだ。

「蒼井の祖父は、あの家で長年、警察犬訓練所を営んできました。海沿いで、広い土地もあり、隣近所とも距離があるお陰で、犬を何匹も育てることができたんです」

日葵は懐かしそうに柊を見つめる。

「ジャーマンシェパードドッグだけでなく、ラブラドールレトリーバーやゴールデン、小型犬ではミニチュアシュナウザーやミニチュアダックスフントなんかもいたんですよ」

しかし、その祖父が85歳の時に進行性の胃癌であることが判明する。

抗がん剤や痛み止めで胃癌と戦いながら、祖父は最後の警察犬を無事に育て上げてこの世を去った。

蒼井警察犬訓練所には繁殖犬であったメアリーという犬が一匹だけ残った。

主のいなくなった土地と家屋をどうするか、それが残された家族にとっては頭の痛い問題となるのは明らかだった。

祖父の子供は、日葵の父一人だけ。

しかし、同時期に、日葵の母方の祖母の認知症が悪化し、在宅で介護を要するという事態になり、日葵の両親はそちらの両親と同居する選択をした。

自由なのは、当時大学生だった日葵ひとり。

祖父が亡くなる直前の話し合いで、

祖父からの遺産相続や家賃、光熱費、固定資産税は両親が対応する。

広かった訓練場は駐車場にして近所の人に貸すことで財源を得る。

残されたメアリーの世話と蒼井家の管理は、祖父が健勝であった頃から蒼井家に通い、何かと面倒を見てきた日葵に託されることになった。

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