策士な課長と秘めてる彼女
陽生は一週間の出張に持っていくようなサイズの旅行ケースを車に積んで来ていた。

「俺のマンション、おととい火事があったんだ。スプリンクラーも作動してあちこち水浸し。煙の臭いも充満していて今の状況ではとても暮らせない。大家が室内クリーニングを完了させるまで2週間かかると言った。昨夜は実家に泊まったが会社まで遠いんだ。そんなとき日葵が一軒家住まいと知った。マンションが落ち着くまででいい。ここに置いてくれないか」

゛絶対にいいなりになるもんか゛

と、意気込んでいた日葵だったが、火事の話を聞いて同情心が芽生えていた。

幸い、蒼井家には部屋が余っている。

柊がいるから、陽生がたとえ出来心を起こしても対処はできる。

「2週間、でいいんですか?」

「ああ、マンションの修理が済めば、な」

「カメラとノートは?」

「ここにおいてくれるなら返すよ。もちろん仕事の助言もする」

日葵はメリットとデメリットを自分の中で計算する。

しかし、相手は若手出世頭の陽生なのだ。

ない知恵を絞ろうとする日葵と違って全て計算ずくなことに、日葵は気づいていない。

まず難解なことを伝えて、直後に妥協点、同情を引く点などを提示するのはネゴシエーション(交渉)の基本中の基本。

罠に嵌まろうとしている子うさぎを眺めながら、腹の中でほくそ笑んでいる陽生は悲しそうな顔をして日葵の同情を煽った。

「わかりました。約束しますから、陽生さんもカメラとノートを返して下さいね」

゛かかった゛

にやけそうになる顔を内心嗜めながら、

「ああ、ありがとう」

と、陽生は日葵にカメラとノートを渡す。

「よかった。これで仕事ができます。ありがとうございます。陽生さん」

どこまでもお人好しな日葵が心配になるが、これはまだ第一段階。

陽生は、日葵の了承を勝ち得た上で、悠々と蒼井家の玄関をくぐるのだった。
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