策士な課長と秘めてる彼女
普段はマンションで独り暮らしの陽生だったが、連日の毬ちゃん脱走事件に巻き込まれ、捜索に駆り出されていたため、その日は寝不足のまま出社した。

営業部の主任だった陽生は、入社式のあと、自部署に配属される新人を案内するために式にも参加しなければならない。

欠伸を噛み殺しながらも、ぼんやりとした頭で廊下を歩いていた時だった。

グレーの塊が、廊下の曲がり角から突然飛び出して来て、陽生の胸にぶつかり転がった。

グレーの塊は小さくて柔らかかったので、陽生にはさして衝撃はなかったのだが、相手には違ったらしい。

激しく転倒した塊に、普段は強面の陽生も動揺して思わず身を屈めて、その顔を覗き込んだ。

「ご、ごめんなさい」

顔をあげた塊の後頭部が陽生の顎を直撃。

痛みに顔をしかめ立ち上がると、塊がピョンピョン跳ねながら陽生の顎の怪我を確かめようと接近してくる。

鬱陶しいな、と思いながら見下げた陽生は、その塊の姿を見初めて愕然とする。

緩くカールがかかった肩までの茶色の髪を二つ結びにして、頬を真っ赤に染めている。

涙で潤んだ瞳は大きくて、そう、まるで、今、真島家を翻弄しているあの゛毬ちゃん゛そっくりな人間が、目の前に現れたからである。
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