策士な課長と秘めてる彼女
キラキラ光る水の中を泳ぐ魚達。

自由なようだが、狭い世界で与えられた命を生きている。

日葵はボンヤリと、目の前を横切るジンベイザメやマンボウ、アジの群れを眺めていた。

警察犬に人生をかけた祖父。

それでも家庭を持って一男をもうけ、日葵へと命を繋いだ。

一方の日葵は、陽生に妥協されて結婚しようとしている。

日葵はこれまでの自分の人生を悔いたことはない。

大好きな警察犬のたまご達と過ごす時間はかけがえのない時間だった。

周囲の友達が恋愛や部活に青春をかけたように、日葵もまた、警察犬訓練と美術に青春をかけてきたのだから。

そんなオタク色が強めな日葵を、陽生はグイグイと引っ張ってくれた。

はじめてのキスもその先も、陽生だったから受け入れることができたのだ。

陽生とは臨海公園の散歩やジョギング、近所へのショッピング、実家までのドライブと、デートとはいえないまでも二人で過ごすあたたかい時間を過ごしてきた。

楽しかったし嬉しかった。

後悔もしていないし、陽生を責める気もない。

「一度くらい陽生さんと来たかったな」

この水族館は体験型のイベントが多い施設だ。

平日ということもあり子供連れは少なく、インストラクターのはからいで、日葵も大好きなペンギンやイルカ、アザラシと触れ合うことができたが、一度誰かと一緒にいる安心感や幸福感を味わってしまった日葵にはなんとなく物足りなくも感じた。

逃げていては何も始まらないし終わらない。

週末の真島家と蒼井家の顔合わせや、陽生が予約してしまった結婚式場のキャンセルなど、続けるにしろ取り止めにするにしろ何らかのアクションは必要なのだ。

ただ、一人になって考えたかった。

だが、一人になっても答えは出そうにない。

日葵はお土産売り場のチョコレートの箱を手に取りながら、ボンヤリと今後のことを考えていた。
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