大人の女に手を出さないで下さい
ふと、視線を感じて横を見ると梨香子が心配そうな顔を向ける。

「大丈夫?蒼士くん疲れてない?」

「え?ああ、大丈夫だよ」

「今日の為に無理してきたんじゃないの?」

平静を装ったのにどうやら梨香子には蒼士の強がりもお見通しのようだ。苦笑いを浮かべると梨香子は呆れた顔をした。

「無理してでも来たかったんだ。梨香子さんとの初旅行だし」

「もう…そんなのこれからいくらでも行けるじゃないの。ほら時間はたっぷりあるんだから今の内に休んで?ブランケット持ってきてもらおうか?」

これからいくらでも…。
梨香子にそう言われただけでこれから何度でも何処へでも梨香子と行けると思うと蒼士の口元は緩んだ。

まず向かうイギリスのヒースロー空港までは約12時間半。
確かに時間はあるから今の内に体力を温存しておかなくてはせっかくの旅行が台無しになってしまう。

「いいよ、でも少し眠ろうかな。現地に着いて倒れたら元も子も無いし。梨香子さん肩貸して」

「ふふっいいわよ。ゆっくり休んで」

甘えてみると梨香子は意外にも優しく肩を寄せてきた。
心配してのことだろうけどそれだけでも蒼士の心は満たされる。
ここぞとばかりに梨香子にスリより華奢な肩に頭を乗せた。しっかり手も握るとクスクスと笑う梨香子の振動が心地良い。
やはり疲れていたのか蒼士の思考はあっという間にモヤがかかり閉ざされていく。夢に誘われる前に頭に温かい何かが触れ優しいささやきが聞こえた。

「おやすみ蒼士くん。良い夢を」

幸福な気分のまま飛び立つ飛行機と共に蒼士は夢へと旅立った。

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