大人の女に手を出さないで下さい
午後から雲行きが怪しくなってきた。
出入り口から見える空はどんより暗く今にも雨が降りそう。
遠くからゴロゴロと唸る音も聞こえる。
梨香子はこれは激しく降りそうだなと思いながら閑散とした店内を見回した。

すると、従業員入口から見知った顔が現れてついときめいた。
恋愛は諦めてる梨香子でもときめくことはあるのだ。

フロアに入ってきた彼は近くのスタッフに声を掛けながらこちらへやって来ていた。
面長の輪郭に口髭とすっきりと短い髪はロマンスグレー、スッと伸びた鼻の上には黒鼈甲のオシャレな眼鏡、その眼鏡の奥には可愛らしい二重の瞳、御年62歳になられるこのプティビルのオーナー、三雲敏明。
彼の姿を見ていつも眼福眼福とうっとりと見つめてしまう。
大人の色気も兼ね備えたスマートでダンディな彼はこのビル全体の憧れの的だ。
確か奥様に先立たれて今は独り身。
素敵な恋愛が出来るとすれば三雲さんとしっとりとした大人な恋愛がしたい。

あ、私三雲さんとなら恋愛できるかも?なんて思い直してると三雲さんと目が合った、気がした。
ドキンと胸が高鳴る。

「あ、オーナーじゃない。いつ見てもダンディーで素敵よねえ!」

トミちゃんが梨香子の肩に肘をついてうっとりと三雲オーナーを見つめる。
うんうんと梨香子も頷いてるとお客様が入ってきた出入り口からザーっと音が聞こえた。
ああとうとう降って来たか、風も強そう、春の嵐と言ったところかなと、ぼんやりと思う。
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