このお見合い、謹んでお断り申し上げます~旦那様はエリート御曹司~
信号が赤色に灯り、静かに車が停車する。
榛名さんは、くすり、と小さく微笑んだ。
「なんだ?百合は、自分が他の女性より劣っているとでも思っているのか?」
「…っ!そりゃあ…私より素敵な人はたくさんいるでしょうし…」
「俺が、百合しか見えないと言ってもか?」
どきん、と胸が鳴った。
わずかにこちらへ顔を向けた彼は、穏やかな口調で言葉を紡ぐ。
「“どこが好きか”なんて、言い尽くせるわけないだろう。強いて言えば、お前の笑った顔は可愛い。こうして二人でいるのも好きだ。俺にとっては夢にまで見たひと時だからな。今も、モヤモヤ考え込んで隣で百面相している姿さえ愛しく思う。」
「…っ!」
「今日、百合の家族と会えて、より思った。両親と会えなくなって想像も出来ないほどつらい思いをしたはずなのに、あの家には温かみが溢れていた。…俺は、一家団欒なんてのとは縁遠い家で育ったからな。百合となら、俺が憧れる幸せな家庭がつくれると思ったんだ。」
ずるい。
そんなことを言われたら、突き放せなくなる。
お見合いなんてすっぱり断って、元の生活に戻るつもりだったのに。会う約束も今日が最後で、“知り合い以上恋人未満”な関係に終止符を打つつもりだったのに。
ーーブォン。
やがて、走り出した車。
そこからは、なんとなく心地よい緊張感が流れ、会話はなかった。彼の存在だけを意識して、穏やかな時間が過ぎていく。
榛名さんも、それ以上は何も言わなかった。