このお見合い、謹んでお断り申し上げます~旦那様はエリート御曹司~

ふっ、と笑う彼は、手を離すどころか、端正な顔を近づけて私の顔を覗き込む。


「ん、なんだ?」

「!呼んだだけですよ。り…律さんが呼べって言ったんじゃないですか。」

「ふふ、可愛いな。」

「っ?!やめて下さい、そういうの!心臓に悪いです!」


頬が赤いのは、夕焼けのせいだ。

こんな“本当の恋人”みたいな会話、自惚れてしまいそうになる。まだ私たちの関係に名前などないのに。

すると、やがて彼はそっ、と私の手を離し、ベンチに寄りかかった。穏やかで甘い視線に、どきりと胸が高鳴る。


「ーー百合。クルージングの埋め合わせをしよう。今度の土曜、お前の誕生日だろう?」

「え…?」

「今思い返せば、俺たちは一度もちゃんとした“デート”をしていない。…だから、百合にとって特別な一日を俺にくれないか?お前を惚れさせると宣言したからには、ちゃんと百合を口説きたい。」


ド直球の懇願。

もはや、そのセリフ自体が破壊力抜群の口説き文句だということを自覚していないのか、この人は。歳をとっていくことを喜ばなくなってから、自分の誕生日なんてすっかり頭から飛んでいた。

確かに、言われてみれば、ちゃんと二人で出かけた記憶がない。料理を作った時も、実家に招いた時も、クルージングに行った時も、彼が何かと理由をつけて無理やりこぎつけた“強制イベント”だ。こんな、さらりと普通のデートに誘われるとは思わなかった。

ーーまぁ、全ては意地を張って理由がない外出の誘いに頷かなかった私が原因なのだが。

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