Q.I(きゅうあい)~短気で無垢で、天使な君を~
「なー、許してってばー。ゆずたんの大好きなチョコもにゃかジャンボ買ってあげるからー」
「……今、体作り中だからアイス禁止だし」
「ふむ」
「もにゃかも禁止」
「ふむ」
「てか、子供扱いも禁止」
「ふむふむ。てゆーかさぁ」
「なに」
「野波センセーがホントにお前が白目剥いてよだれ垂らしてるとか、本気で思ってるわけないじゃん。心配しすぎでしょ」
──すると、柚葉の足がピタリと止まった。
「……そういう、問題じゃないし」
前を向いたまま、くぐもった声で答える。
「じゃあ、どういう問題?」と、暢気な口振りで聞き返す俺。
「……きっと、暴力女だって思われた……」
「へ?」
「今の今まで、先生に褒められたくて苦手な古文頑張ってきたのに……。あんたのせいで、全部全部、全部水の泡……」
「……は?」
俺は呆気に取られた。
暴力女って──ああ、さっき俺に蹴りくれようとしたアレか。
まぁ確かに、俺らにとっちゃ日常茶飯的な戯《じゃ》れ合いでも、他の人から見たら乱暴に見えるかもね。
つかパンツぐらい見られたかもね……ってそういう話じゃないか。
「……何? お前もしかして、空手やってることセンセーに内緒にしてんの?」
「…………」
「つか、してたいの?」
半ば呆れ気味に、柚葉の後ろ姿に尋ねる。
「当たり前じゃない……野蛮だなんて思われたくないし。少なくとも、校内で蹴り入れてるとこなんか見られたくなかったわよ。それをあんたが……先生の前で恥かかすようなこと言うから──」
柚葉の肩が、小刻みに震えてるように見える。
「──……」
──何それ。
よく言うわ、空手辞めた俺を散々腰抜け扱いしといて、自分は空手やってることバレたくない?
そりゃ矛盾してやいませんか、お嬢さん。
まぁ、『校内で蹴り入れてるとこ云々』ってのは乙女心を尊重して百歩譲ったとして──。
俺が引っ掛かったのは、まず『野蛮』という言葉だ。
俺は空手やってる柚葉を、どんな奴よりもカッコイイと思ってたのに。
おっかないと思った事はあるけど、野蛮だなんて1ミクロンも思った事ないのに。
自虐的な言い方で『野蛮』だなんて……それってつまり、好きな人には見せたくない恥ですら思ってるって事かよ、自分の空手を。
俺よりも、強いくせに──。