Q.I(きゅうあい)~短気で無垢で、天使な君を~
「──さて、帰ろっかぁ」
すっかり暗くなった空を見上げると、下弦の月が皓々と照っていた。
「……ねぇ、ところでココってどこなの? 初めて来たんだけど」
言われて振り向くと、「ちゃんと送ってくれるんでしょうね」と言わんばかりに仏頂面を浮かべる柚葉がいた。
俺は「大丈夫だから」と目で返事をしながら、飄々とした口振りで答える。
「──ん? ああ、ココはね、俺の音楽の師匠が住んでる町」
「……何それ」
怪訝に眉をひそめながらも、訳を知った風に噴き出す柚葉。
音楽の師匠──それは、さっき柚葉に話した父方のいとこの事だ。
ライブハウスを経営しているそのいとこは、親の離婚騒動で独りやさぐれている俺に、たくさんの音楽を聴かせてくれた。
家には大量のCDがあって、パソコンや音楽プレイヤーに収められたのも含めたらもう無数と言ってもいいくらいだった。
俺はそれを貪り聴いた。
聴いて聴いて、聴きまくって。
騒動の後に、初めて泣いた。
泣いたら、心の膿が取れたように楽になった。
たとえ洋楽の歌詞の意味はわからなくても、切なさや孤独を分かち合う心とエールは万国共通なんだと、この時に本当の意味で知ったのかもしれない。
いとこはギターも教えてくれた。
心の死んでいた俺に、それは琴線となって全身を震わせた。いい意味で、全てをどうでもいいと思わせてくれた。
まだ経験も浅くて未熟だけど、これからどんどん技術を学んで自分を育てていくつもりだ。
空手でいうところの“心技体”の精神で。
「……今度音楽、聴かせてね」
柚葉が、夜風になびく長い髪を押さえながら、淡く笑いながら言った。
「おう、文化祭でやるから」
「うん、知ってる」
「あ、そか。実行委員だもんね」
「うん」
そんな緩やかな会話の後、深呼吸しながら体を伸ばすと──。
「あっ……やべ」
腰が一瞬だけ、ぴきっと痛んだ。
「……何?」
「あ、いや、何でもない……」
「………」
──それとなく腰を押さえて呻くと、柚葉に不審な顔をされてしまった。
……最後の最後で、いまいち決まらない俺です。