嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
第1話
【第1話】


この店をバイト先に選んだのは、繁華街から一本込み入って、車同士がギリギリすれ違うことができるくらいの細く不便な通りにあり、一見普通の古民家のような佇まいだがその実、知る人ぞ知るすき焼きの名店ってところがいいなって思ったからだ。
今の私にとって非常に都合がいい。

破格の年会費を支払っている会員しか入店することができず、提供するお肉はA5ランクの最高級和牛。
全席個室で丹念に手入れされた日本庭園を見ながら、落ち着いた雰囲気で贅沢な時間を堪能できる。

鉄鍋に割り下を入れ、黒毛和牛を一枚一枚丁寧に焼くところまでが仲居さんのお仕事。
あとはお客様で割り下と差し水をお好みの濃さに調節しながら、口に入れたらすぐに溶けてしまいそうな上質な脂がのったお肉や椎茸、長ネギを煮る。

それを幸せそうに頬張る光景を目の当たりにし、割り下の甘辛い匂いを嗅いでいるとついお腹が鳴ってしまう。

特に一日普通に会社員として働いて、そのままバイト先に直行した私にとっては拷問のような時間である。


「茅部さん、これ、奥のお座敷にお願い」


茅部一華(かやべいちか)、二十四歳。
訳あって、仕事帰りにここ、すき焼きの名店・香山でアルバイトしている。

会社の規則で副業が禁止されているので絶対に見つかりたくないという条件にぴったり。
それに加えて午後六時から閉店十時までの時給がほかの飲食店と比べてかなり高額なのが一番の決め手だった。
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