嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
冷凍庫にアイスがあるって、お母さんに言付けしておけばよかった。
きっと、真っ黒に日焼けして帰って来るのだろう。お風呂沸かしとけばよかった。お友達のご家族にきちんとお礼を伝えたかったけど、明日になっちゃうなぁ。何時頃帰れるんだろう。

などと、所帯染みたことばかり考えていた私は、つい溜め息を零した。すると。


「憂鬱ですか?」
「へ?」


突然運転席から話しかけられ、私はキョトンとする。


「社長にお会いすることです」
「あ、ああ……」


ルームミラー越しに目が合う。
長瀬さんはすぐにそらした。


「社長は、よほどあなたのことを気に入っていたのですね」
「……っへ?」


飄々とした口調に、目が点になる。


「総務部の部長から、あなたをムキになって落としたって聞きました」


ムキになって落とした?

理解不能な台詞に、私は頭を働かせて記憶をたどる。
……おそらく、香山で会った次の日に、会議室呼び出されたときのことを言ってるんだ。


「落とした、ではなく、脅した、の間違いじゃないですか?」
「いえ、間違いではありません」


抑揚のない口調で大真面目に否定され、私は意表を突かれる。
でも、それはやはり長瀬さんの思い違いだと思う。


「社長が気に入っているのは……心から思っているのは、私なんかじゃなくて、彩月さんなんですよね」
「え?」
「芳樹社長からふたりの過去のことも聞きましたし、彩月さんとは、その……」


滑らかな手つきでハンドルを操作する長瀬さんは、口籠る私に鋭い目線をルームミラー越しに寄越す。
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