嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~



「一華!」


総務部のオフィスに戻ると詩織が駆け寄ってきた。


「人事のことって聞いたけど、異動になったの⁉︎」


気迫のこもった声で問い詰められ、疲弊していた私は薄っぺらい紙みたいにゆらゆらと生気なく立ち尽くす。


「う、ううん……」


では契約締結ということで、と薫社長は業務連絡のようにロマンチックでもなんでもなく言った。

同じ社屋で働くふたりは秘書の長瀬の紹介で意気投合し、高級すき焼き店で密かに愛を育み、この度めでたく結婚の運びとなった、というでっちあげのシナリオまで用意して。


「一華? 大丈夫?」


目を開けたまま眠るように、心ここに在らずな状態で鈍くしか動かない私を、詩織が不審そうに見つめてくる。


「だ、大丈夫大丈夫……!」
「そう……? もうお昼だから、ランチ行こ?」
「うんっ」


私たちは社員食堂へ向かった。
窓際の席が空いていて、私たちはラーメンを注文してそこに座った。


「で。なんだったの? 人事の件って」


詩織が言って、ずずっと麺を吸う。


「ええと……」


近いうちにバレるのだから、隠しておいても意味がない。

私は結婚することになった、と彼女に伝えた。しかも相手が、我が社の社長だと。


「ひっ……! ご、ゴホゴホッ、ゲホ!」


一度短く息を吸った詩織は、そのあと激しく噎せた。
私はお冷やを差し出す。


「だ、大丈夫? びっくりする、よね?」
「そっ、そりゃするわ!」


まだ胸を押さえてトントン叩いたりしながら、詩織はなんとか呼吸を整えた。
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