嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
「他人事だと思って……!」
「ごめんごめん! ところで大丈夫なの? その、結婚となるとさ。夜の方とか」
「よ、よる……?」


曖昧な表現にピンとこなかったが、テーブルに頬杖をついてニンマリとする詩織の表情で合点が行く。


「一華、そういうの経験ないでしょ? 大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよっ!」


私は語気を強めた。

薫社長はたしかに超イケメンだけど、物言いはすごく高圧的だし冷酷で、かなり強引だった。
羨ましいだなんて評価、お門違いにもほどがある。

それになにより、これは契約結婚なんだし、私に好意などないことははっきりしている。
夜の心配なんて見当違いも甚だしい。

ランチタイム終了が差し迫ってようやく箸を持ったとき、手付かずのラーメンはすっかり伸びていた。

午後の業務が終わり、今日は香山は定休日でバイトが休みなので、私は真っ直ぐ帰宅する。

電車に揺られ、薫社長の脅しのようなプロポーズ? を思い出し、やっぱりあの人と結婚なんて無理だと我に返ったり、でもやらなきゃ家族が……と一念発起したりを寄せては返す波のように散々繰り返し、私は悶々としながら最寄駅で降りた。


「ただいま」


アパートに着き、玄関のドアを開ける。
ヒールを脱ぎ、廊下を歩いて洗面所に向かう途中、リビングから話し声が聞こえた。


「……はい、分かっています。あの、必ずお返ししますので、どうか子どもたちには……ええ、学校の帰り道で待ち伏せするのだけは、どうか……」


足が止まる。
お母さんの潜めた声は憔悴しきっている。

……薫社長が言ってた、闇金の話はただの脅しじゃなかったんだ。
やっぱり、私がどうにかしなきゃ。

割り切るしかない、腹をくくるしかない。

家族のために。


「お母さん、あの……」


通話が終わるのを確認して、私はリビングのドアを開けた。
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