嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
「社長が今度の出張からお戻りになったら、茅部家にご挨拶に伺う予定になっております」
「あ、挨拶⁉︎」


そ、そっか……結婚するんだもん、お互い両家に挨拶しに行くのは当然だよね。

けど、借金がなくなったことと、結婚の相手が大企業の御曹司だってお母さんが知れば、もしかしたら……。

点と点が線で繋がるってことは……。


「茅部さんはお母様に、借金返済の肩代わりに社長と結婚するのではないかとご心配されることが気がかりなのではありませんか?」


眉間に皺を作る神妙な顔つきになったまま、私は長瀬さんを見た。


「え、ど、どうして……」


わかったんですか? という野暮な質問は、有能な秘書である長瀬さんにとっても無粋なものだった。

彼はただにっと笑って、私の質問をやり過ごした。


「もしお母様からそのようなご指摘がありましたら、資金援助は婚約者としての厚意でということになりますが、借金の方は法外の利率だったため弊社の顧問弁護士が債務整理の手続きのお手伝いをさせていただきました、とお伝えください」


なんでもお見通しで、対策は万全とでも言いたげな滑らかな口調。
周到な対応に、ぐうの音も出ない。


「言葉は悪いですが口裏はしっかり合わせないとなりません。社長に迷惑がかからぬよう、茅部さんもそういったことはしっかり把握なさっておいてください」


家族の前でボロがでないようにしとけ、ってこと?


「しょ、承知しました……」
「よろしくお願いいたします」


私は飾り気のない茶封筒を持って、エレベーターに乗り総務部がある二階に降りた。
雲の上の世界から、現実に戻ってきた感じがする。

でも、両手に抱えた茶封筒を見て、図らずも溜め息が出てしまう。
これは、別世界の話じゃない。現実なんだ。

私はもう完全に乗船し、陸から遠ざかってしまったんだ……。

ひとり鬱々とした気分に浸り、私は総務部のオフィスに戻った。
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