嫁入り契約～御曹司は新妻を独占したい～

こんなタイミングで耐えられずにカミングアウトするのかと、気を揉んでいるのかもしれない。


「私……、薫さんのこういうところに惹かれたんだ」
「えっ？」


小さく発したのは、お母さんではなく薫さんだった。


「私のことだけじゃなく家族のことも考えてくれるとても温かくて優しい人なんだよ」


それは本心だった。
結構強引な形で結ばれた契約だけど……。


「私が作った料理も美味しいって食べてくれて、何気ない会話をしながら食卓を囲むのはなんて幸せなんだろうって思ったの。それが毎日続けばいいなって、相手が薫さんだったらいいなって」
「一華……」


目力を弱めたお母さんは、目を細め、とても包容力のある笑顔で頷いた。


「そっか……そういう温かい家庭を築くような年になったのね」


お母さんの皺が刻まれた目尻から、涙が一筋の線になって伝ったとき。


「ほんとに結婚するの？」


感動的な場面に水をさすような乱暴な声で言い、風太がキッチンどドアの陰からひょっこりと顔を覗かせた


「そ、そうだけど……？」


しらっととぼける私に、ギロリと疑惑に満ちた目線を送る。


「な、なによ風太。どうしてそんなこと聞くのよ」
「だって、全然ラブラブに見えないんだもん！」


す、鋭い。侮れない……。

額にじんわり冷や汗を滲ませる私の横で、薫さんは一拍間があってから、ハッと声を上げて破顔する。


「そんなことないよ？ ラブラブだよ」


まるで風太を挑発するように、思わせぶりに目を細める。
間髪入れずに風太はキッと、薫さんを睨んだ。


「仲良くやってますので、ご安心ください」


この状況を微笑ましげに見ていたお母さんは、涙をそっと拭い、私の目を愛おしげに見つめた。


「幸せになってね、一華」


なんだか……感極まってしまうよ。
嘘なのに。茶番なのに。


「うん、ありがとう。お母さん」
「誰よりも、一華の幸せを願っているからね」


……その願いは、きっと神様は叶えてくれないと思った。